第57話 日常

 翌朝、ベッドの上で寄り添うようにして私たちは寝ていた。昨夜は色々な事があった。そこで先輩の過去を知った。まさか自分と似たような境遇の人がこんな身近にいるとは思わなかった。


 先輩の目元には涙の跡があり、もにょもにょとうわごとを繰り返している。まだ夢の中のようだ。


 (昔の夢でもみてるのかな?)


 うわ言にママ、パパと呟いていた。


 洗面所に行き、顔を洗って櫛で髪を梳かしていると、ふと良い事を思いついた。


 (先輩の髪を梳かしてやろう!)


 いつもめんどくさがってやろうとしない先輩の髪はところどころ飛び跳ねている。元貴族とは思えないだらしなさだ。


 さっそくベッドに戻ると寝ている先輩の頭を持ち、自分の膝の上に乗せ、その栗色の髪を梳かしていく。


 いつもは前髪をゴムで結んで上げているが、いまは下ろしている。下ろした方が大人っぽく見えるなと思ったのは内緒だ。


 (あれ、意外と柔らかい)


 先輩の髪は櫛を滑らかに通し、髪に櫛が引っかかるという事が起きない。


 ちょっと予想外。これは元々の髪質が良いって事だよね? たぶん毎日しっかり手入れしたらゆるふわヘアになる気がする。


 私の髪は、毎日手入れをしてようやくここまでの域に達した。右手で自分の髪を触ると艶々していて触り心地もよく、指で髪を弄りつつ指の隙間から流れていくように髪の一本一本がさらりと通り抜けていく。


 長くしていた時期もあったけど、癖っ毛になりやすかったから手入れも大変という事で短くしたんだっけ。


 少し、子供の頃あった惨事を思い出した。


 まだ自分で手入れ出来なかった頃は、お母さんや侍女にやってもらっていた。


 朝起きて鏡をみたら髪が爆発していた時は「これじゃ外に出歩けない」って大泣きしてみんなを困らせたんだよね。


 今じゃ懐かしい思い出だ。


 左手で先輩の髪を梳かしながらそんな事を思う。その時ピクッと先輩の体が動いた。


 (んっ? 起きたのかな?)


 先輩は寝ぼけ眼で首を動かし、私を見つめる。


「んんっ。エト〜〜?」


 まだ半分夢の世界にいるようだ。目を擦りながらなんとか起き上がろうとする先輩を倒し、膝枕をする。


 今日の私はどうやらおかしくなってるようだ。


「ここはまだ夢の中ですよ〜。はい、良い子は寝ましょうねーー」


 私の膝を枕にした先輩がまたスースー寝息を立て始めた。昨夜は遅くまで話し込んでいたんだ。当然といえば当然だろう。


 ふと気づくと私は櫛を持っておらず、自然と髪を撫でていた。


 (今日は本当に変だなぁ)


 自覚はありつつもやめようとは思わなかった。


 そのまま私は、壁にもたれるような形で二度目の眠りに入った。


 先輩と居るのはとても心地よかった。


 (昨日は久しぶりに寝れた……な)


 そこで私の意識はぷつりと切れた。


◇◇◇


「うーーん。よく寝たなーってあれ?!」


 先輩の声で目が覚めた。まだ視界はハッキリとしないのでとりあえず目を擦る。


「――――どうしたんですか?」


 先輩はあわあわしていて、しきりに窓を指さしている。


「窓見て、窓」


 窓から外を覗くと、驚くべき事に太陽が沈みかけており時刻は夕方を意味していた。


「もしかして……ずっとねてた?」


「みたい」


 つまり1日のほとんどを寝て過ごしてしまったという事だ。


 (あっ! まだお店に迷惑を掛けた事謝ってない)


 侯爵の息子がやらかした事には違いないが、店を巻き込んだのは事実だ。


「今すぐ行かなくちゃ」


 急いで服を着替え支度をする。服を着替えている最中、先輩に引っ張られ「ぐぇーー」と潰れた声を上げる。


「げほっ、げほっ。なにするんですか?!」


「これみて、これ」


 先輩が一枚の手書きを手紙を差し出してきた。テーブルに上に置かれていたのだろう。差出人はジークと書かれている。


 (ジーク? んっ、汚い字だなぁーー)


 手紙の内容は殴り書きでこう書かれていた。


『侯爵の件は俺が話をつけてきた。お前が気にする事じゃないが……あの時の行動については問題ありだな。まぁいい。とりあえず寝てたみたいだからこの手紙を置いておく。お前たちはとうぶん起きそうにもないから、明日にでも店の方へお別れの挨拶に行け。そしたら次はイリアの方で踊り子を体験してもらう』


「とりあえずは、生かしてもらえたみたいですね」


「殺す気だったら、寝てる時に殺されてると思うよ」


 確かにそうだ。


「乙女の寝顔を見られたのは許せませんが」

「あはは、そうだね。あとさ……二人きりの時はもう敬語やめない? 同い年だし、その……もっとエトとし、親しくなりたいんだ! だから……その」


 先輩にしては珍しく言葉を詰まらせ、顔を赤くさせていた。


「えっ? まぁいいですけ……いいよ」


「ほんと! やったーー! あっ、でも呼ぶ時は先輩ね」


 矛盾してないかと思いつつもその方が私も苦労しないなと考え直す。


「そうで……そうだね。アルマって呼ぶのもなんだか恥ずかしいし、これからも先輩と呼ぶね」


「もう一回!」

「へっ?」


「もう一回アルマって呼んで!!」


「えっと、アルマ?」


「うわぁぁぁぁあーーーーー」


 そのまま先輩はどこかへ走り去ってしまった。しばらくすると戻ってきた。


「へへっ、ごめんね。なんか嬉しくってつい」


 何やら初めてあった時と少し似てるなぁと思いつつ苦笑する。


 (先輩は仕事仲間ではない、本当の友達が欲しかったのかな?)


「別にいいけど……ていうかなんでジークは私に色んな職種を体験させるんだろう」


 その疑問に先輩が答える。


「それは僕も見習いだった時に一度聞いたよ。なんでも若い頃に経験をたくさん積んでおくのがいざという時に役に立つんだって」


「へーー」


 抑揚のない声で返事をする。


「むーー。絶対興味持ってないでしょ!」


 先輩が頬を膨らまして抗議してくる。


「だって復讐以外興味ないですし」


 その一言を言った時、先輩が私の手を掴んだ。


「せ、先輩?」


「ダメだよ。そういう事を言っちゃ。復讐が終われば空っぽになっちゃうから」


 ぎゅうーと握る力が強まる。


「は、はぁ。わかりました」


 逃げるようにして手を振りほどく。それは図星だったからかもしれない。


 本当に分かったかなーと先輩が疑いの目を向けてくる。


 先輩の視線から逃れるように何気なく手紙を裏返しにする。裏にも文章が書かれていた。


『追記 この間の任務成功の分の復讐相手についての情報


 ディカイオンはレイスフォード侯爵家と関わりを持っている』



 短い文章でそう書かれていた。


「エト……?」


 その時の私がどんな顔をしていたかは分からない。たぶん酷い……醜い顔をしていただろう。


 文章はまだ続いていた。


『次の標的ターゲットは地方の役人だ』


 私は暗殺者。依頼は絶対。そこに情けは必要ない。


「先輩! 次の依頼がきたよ」


 自分でもびっくりするくらい笑顔だった。だけど……たぶん私の目の奥は笑っていない。ギルメンと同じように。

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