第56話 過去 三人称視点

「……いる?」


 室内にか細い声が響く。二階も一階と同じで明かりは灯っておらず、暗闇が口を開けている。


「…………入るよ」


 返事は返ってこない。アルマが寝室に足を踏み入れる。中を覗くが見える所にはいなかった。


 (うん。でもこの部屋にいる)


 もう少し奥まで歩く。暗くてよく見えなかったが、シーツがよじれていて布団も無くなっている。まるでずり落ちたような跡だ。そのまま視線を横にずらした。


「…………いた」


 エトは毛布にくるまって、ベッドの脇の床で足を抱えてうずくまっていた。


「こんなに部屋を暗くして、なにしてるの?」


 アルマがそっと彼女の肩に触れようとする。


 バチィィィ!!


「いったぁぁーー!」


 電気だ。エトの能力である雷が彼女を庇うようにして守っていた。包んでいると言ってもいい。とにかく彼女に触れようとすれば途端に電撃がアルマの身体を襲った。


 近づく事は出来ないと判断し、少し距離を保ちながらエトの隣に座る。肩と肩がぶつかり合うギリギリのラインだ。


「……そのままでいいから聞いてね。エトのさっきの行動の事なんだけど、我慢できなくなったとはいえ暗殺者ギルドの一員としては失敗だよ」


 反応は返ってこない。それでもアルマは続ける。


「でもね。人として、人間としては正しい事をしたと思うよ。なんでもかんでも溜め込むんじゃなくてたまには発散させなきゃね」


 たははっとアルマが笑う。エトは依然としてうずくまったままだ。


「……エトの家族の話はジークから聞いてたよ。辛い思いをしたんだね、その気持ちは分かるよ」


 そこまで言った所で、今まで黙って聞いていたエトが顔を上げる。その顔は憤怒に満ちていた。


「先輩に……先輩なんかに何が分かるっていうんですか?! 親を無惨に殺された気持ちが分かると!? 仲間や主を失ったのに自分だけのうのうと生きている気持ちが貴方に分かるというんですか。自分は何も為せていない。仇の手掛かりも掴めない。自分の無力さをこんなにも恨んだ事はありません」


 怒りのあまり、エトの口から溜まっていた言葉が次から次へと飛んでくる。アルマはそれを彼女が落ち着くまでただ聞いていた。


「はぁ、はぁ」


 数分後、言いたい事を言い切って疲れたのかエトの息は上がっていた。アルマはそんな彼女にアイテム袋から水を取り出す。


「はい、お水」


「ありがとうございま……って何普通に渡してくるんですか?」


 アルマはきょとんと首を傾げる。その動作は小動物の動きそのものだ。


「だって喉渇いたでしょ? そんなに喋ったら」


「そ、そうですけど……私が言いたいのは」


 そこまで言いかけてエトは考えを改めた。この人には言っても無駄だと。


 結局、水を受け取ったエトは容器の蓋を開ける。アルマは天井を見上げていた。


「僕もね……昔は貴族だったんだ」


 アルマがぽつりぽつりと語り始めた。エトは貰った水を飲みながらもしっかりと耳を傾ける。


 次は自分が聞く番だと。


「昔はよく親に怒られたよ。口調をあらためなさい、お行儀よくしなさいとか色々とね」


 懐かしそうにアルマは語る。それが遠い過去のように。


「先輩の事なので想像しやすいですね」


 エトが飲み終わった水の容器を横に置き、相槌を打つ。二人の距離はすでに縮まって、肩同士が触れ合っておりエトの能力も落ち着いていた。


「だからかな。社交界ではよくバカにされてた。みんなの標的だったんだ」


 自身が貴族令嬢だった時の事を話す。くらいも低く、アルマ自身も未熟だっため社交界では格好の標的にされていたようだ。


 それはどこかエトと似ていた。エトも同じくくらいが低く、常に気を張り詰めていなければいけなかった日常と。


 そんな時はいつも両親に助けられていた。


「……先輩はいつから暗殺者ギルドに入ったんですか?」


 いまここにアルマがいる事。それは貴族をやめているという事になる。つまり、彼女が平民に落ちる何かがあったというわけだ。


「エトが来る2年前かな。お父さんが死んだんだ……死因は毒による呼吸障害」


 エトはぞくっとした。自分の国……王宮で起きたあの悲惨な事件を思い出したからだ。


「それから後の事はよく覚えていない。ただ、お父さんが死んでからすぐにお父さんの弟がやってきて家をとりしきり始めたんだ。お母さんが止めようとしたけど、女である事を理由に家の財産や存続にまったく関わらせてもらえなかった。その後、僕とお母さんは追われるように家から追い出された」


 アルマが自分の過去を公開する。エトは部屋の壁に寄りかかってるアルマを横目でみながら話の続きを促す。


「それからは大変だった。お母さんは毎日毎日一生懸命に働いた。朝は力作業、夜は編み物。休んでいる所なんて見たことなかったよ。でも……その時の僕には危機感なんてものがまるでなかった。貴族のしきたりに囚われない自由の身になったんだって手伝う事もせず一日中遊び歩いてたよ」


 だから天罰がくだったんだねとアルマが続ける。


「ある日僕が近所の子と路地裏に入って遊んでいたら、悪い人達に目をつけられてね。男の子は一目散に逃げたしたんだけど、僕も含めて逃げ遅れた3人の女の子はそのまま彼等に拘束されそうになったんだ。もがいたけど成人男性の力には敵わずもうダメかと思ったんだ。そしたらその時にね」


 お母さんが助けに来てくれたんだとアルマは続けた。


 必死の形相でしがみつくお母さんのお陰でなんとか男の手から逃れた。


「それでね僕に逃げなさいと言ったんだ。でも当時の僕は足が震えてお母さんの言うことが聞けなかった」


 その内、男達が優勢になってきてお母さんを地面叩きつけた後、その上にまたがったんだ。


 それから何度も何度も殴り、僕は目を瞑り耳を抑えていた。アルマは誰にも言えなかった罪を告白するようにエトに語る。


「どのくらいたったのかも分からない。男達がどんな会話をしていたのかも聞いていなかった……けど目をあけたら服を剥ぎ取られ、顔がわからなくなるまで殴られた母が横たわっていた。僕は男達の顔を見た。口角を上げてニヤニヤしていたんだ。その時、僕の頭に彼等の考えていることがイメージとなって浮かび上がった。そのおぞましい行為をみてこれが人間のする事かと疑ったよ。隣で全てと見ていたと思われる友達はかたかたと肩を震わせていた。そして男達が手を伸ばしてきた時、次は自分たちの番だと思った」


 そこでね、逃げた男の子が衛兵を連れてきてくれたんだ。そのお陰で僕たちは助かったけど衛兵が駆けつけて来てくれた時には既にお母さんは息してなかったんだ。


 アルマは終始自虐的に語る。経緯はどうあれ全てを失って自分だけ生き残ってしまったエトとアルマの二人は間違いなく似たもの同士だった。


 アルマはそれからの事をちぐはぐに語る。まず始めにした事は母の敵討ち、殺し方はとても人に言えるものではなかった。その後、帝都の闇の世界で生きた結果、暗殺者ギルドに辿りついたのだと。


 ジークに拾われたのだと語った。


 話を終えた先輩はエトと同様の水を取り出し、一気に飲み干す。ゴクリとゴクリと喉がなり、一瞬にして容器が空になる。


 何か質問は?という顔をエトに向けてする。エトは少し逡巡して口を開いた。


「先輩……先輩の固有能力は何ですか?」

 

 暫く無言の時間が続く。やがて落ち着いた声で問いの答えを告げる。


「僕の能力は『心眼』相手の思っている事がイメージになって僕になだれ込んでくるんだ」


 エトはそれを聞いて納得した。自分の勘は正しかったんだと。


「やっぱり先輩には、私の心の内を全て見抜かれていたんですね」


 それから二人は夜が明けるまで話続けた。お互いの話、好きな人、楽しかった事。色々な話を二人で分かち合った。月の光が二人を照らす、親をなくしてから決して、本当の意味で笑う事がなかった二人は、無垢な少女の顔――――演技ではない本当の笑顔を取り戻していた。


 ジーク達にさえ断片的にしか語らなかったアルマが、自分の過去を全て話したのはこの時だけ……生涯エトだけであった。


 


 

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