第55話 悪夢

「う、うぅ〜〜〜ん。カノンさ……ま、シズ……ル……まって、わたしを置いて行かないで」


 ――――またうなされている。後輩が真夜中にこうやってうなされているのを見るのは、これで何度目になるのか。これは……エトが前の職場で負った心の傷は相当深い事が窺われる。


 ジークから事前に大体の経緯は聞いていたが、僕とはまた違った苦しみを味わったんだと思った。いいや、僕より苦しい思いをしたんだと思う。


 だからこそ接し方に困った。僕の時はイリアが一日中付きっきりで僕の面倒を見てくれた。毎日毎日慰めてくれた。文句の一つ言わず、僕がどんなにわがままな事や最低な事を言っても全部笑って許してくれた。


 僕には到底出来そうになかった。だからこそイリアにその役を担って欲しかった。


 昼間は明るく振る舞っているが、必ず寝る前にペンダントを取り出して朝までずっと握りしめている。


 今は亡き主君の遺品らしい。遺品って言ったら怒られちゃうな。そう、贈り物だね。


 僕は寝たふりをするけど、エトは時々ガバッと起きて辺りをきょろきょろする事もある。


 そして、申し訳なそうにまた、布団に潜る。その繰り返しだ。たぶんだけど、殆ど眠れてないんじゃないかな。


 一度起きた後は、そのままずっと起きている事が多い。くすん、くすんと布団の中で丸まって泣いているのが聞こえてくる。


 僕にはエトの心の傷を癒す術は持っていない。だから少しでもエトが安心できるようにしてあげるのが先輩としての役目だ。


「うーーーーん、むにゃむにゃ」


 わざとベッドの境界線を破り、彼女のエリアに体を寄せる。ビクッと肩が跳ね上がったのを肌で感じた。そのまま彼女を抱き寄せ、腰に手を回し、エトを抱き枕のようにする。そして、しっかり足で固定し逃げられないようにもする。暫くは抜け出そうともがくけど、その内大人しくなり眠りにつく。


「大丈夫だよ。僕がいるから安心して」


 耳元で優しく語りかける。起こさないように注意しながら。


 起きていたらきっと、先輩がいる方が安心出来ません! とか言われてただろう。


 僕はその美しいさらさらとした鮮緑の髪を優しく撫でる。見た目通り、さらさらしていて僕の癖っ毛な髪とは大違いだ。


 自分が髪を梳かしていないのがいけないんだけど。


 すーすーと寝息を立てている所をみると今夜は眠れそうだ。


「おやすみ、エト。よい夢を」


 彼女を離すことなく彼女の温もりを肌で感じながら僕は眠りについた。


 だから僕は彼女のベッドを買うつもりはない。きっと今よりもっと眠れなくなるから。


◇◇◇


 エトを追い、屋根を駆け抜ける。今はローブを羽織っている為、人に見られても問題はない。


 ついでに幻術魔法もかけておいたから、見られたとしてもすぐに意識を逸らせるだろう。通りの屋根を縦横無尽に跳び超え、一直線に家へと向かう。


 下をみると、通りはいつもと同じ活気に満ち溢れている。いい匂いが漂って来る。お気に入りの串焼のおじさんがお肉を焼いていた。そして、僕とエトからたくさんお金を毟り取った子供達も見える。


 今日も愛嬌たっぷりの笑顔で客にすり寄っていた。


「そういえば僕もエトも売り子の時、同じような事をしてたっけ」


 途中でエトはきれてたけど。


 いつもと変わらない街並み。騒ぎになっていない事からエトも途中からローブをアイテム袋から取り出し、羽織って移動したのが分かる。


 どんなに気配消してても見つかる事はあるからね、そしたら色々とめんどくさいもの。


「貴族達の方はジーク達がなんとかしてくれるからいいとして……僕は後輩の面倒を見ないとな。はぁっーー僕は本当に先輩としてダメだなー」


 もっと接し方を変えていればあんな風に溜め込む事もなかったかもしれない、たぶん心の限界が来てたんだろうな。それに気づけなかった僕は先輩失格だなぁ。


 後でイリアに怒られると思うと憂鬱だー。


「それにしてもレイズフォード家か……あの人が今でもあの家を支配しているんだろうな。僕と母さんを家から放逐したように」


 って事はあの人は従兄弟にいさんなるのー? うわぁ、嫌だなぁー。あんな自己中。


 たんたんと小気味良いリズムで屋根を移動する。


「うわっと!」


 着地した瞬間片足が屋根を突き破ってしまった。


「え? 僕って重い?!」


 いや、そんな事はないよね。片足を引き上げ、また移動を開始する。


 家が見えてきた。明かりはついていない。でも、魔力反応からいる事は分かる。まだまだ甘いね、そういうとこ。


 ドアの前に立つ。やっぱり人気ひとけは感じられない。どこにいるかまでは正確には分からない。


「こっから先は固有能力を使うのはよそう。それだと本当に話したい事を話せないから」


 僕は意を決して扉を開けた。部屋の中は真っ暗でところどころ焦げていて雷の跡が残っている。


「…………まだ感情を抑えきれていないんだ」


 雷の跡は酷く荒っぽく、手すりを焦がしながら2階へと繋がっていた。


 どうやら、二階にいるらしい。


 僕は深呼吸をして息を整えると、最悪の事態も想定して二階の階段を登り始めた。

 

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