第54話 反抗期
「今日は手を繋がないの?」
「キスはもうしたのか?」
「夜一緒に寝てるんだって? 羨ましいなぁー」
同僚達の三者三様の言葉を浴びながら、今日も私と先輩は黙々と仕事をこなしていた。
先輩はあれからずっとツンケンとしていて、まともに口を聞いてもらえない。私が誤解を解くまではずっとそうするつもりなのだろう。
今日で最終日だ。頑張れ私、今日こそ誤解を解くんだ!
「エトーー! 今日こそ誤解といてよね。じゃないと僕、この先ここで働いていける気がしないよ」
先輩がひょこっとやってきて念をおしてきた。
「うっ。頑張ります」
あれから侯爵様は来ないし、完全に失敗だったな。
だがそこで、外から喧騒が聞こえてきた。暫くすると扉が大きな音を立てて開いた。
「迎えに来てやったぞ! ボクの妻よ!!」
あの時のお貴族様だった。
◇◇◇
店内は騒然としていた。突如、店に乗り込んできた領主の息子様が店の店員を妻と呼び、たくさんの従者達が店内を捜索しはじめたからだ。
このままだと大事になりそうだったので自ら侯爵様の元へと歩み出る。
私に気が付いた侯爵様が早足でやってきて、膝をおり、腕の中に抱えられているものをすっと差し出す。貴族がプロポーズする時に行う作法だ。
「えっと……これはどういう事でしょう?」
侯爵様の腕には薔薇の花束が大事に抱えられており、従者の者が何枚もの金貨を差し出してきた。
「さぁ、受け取ってくれ」
「無理です」
私は即座に断った。
「何故だい? 君の為に正妻の座も空けたというのに」
侯爵は首を傾げる。
――――こいつ!! 正妻の座を空けたって言ったか?! 貴族の婚約で正妻という立場がどれほど大切なものなのか理解してないのか。
正妻は妾とは違い、生まれた子供は次期当主となる。そして同時にお互いの家は家族としての繋がりも持ち、血を尊ぶ貴族にとってはお互いがかけがえのない存在になる。政略結婚なら尚更、家同士の繋がりをより良く保つために大切に扱われる。
場合によっては貴族の娘は人質として嫁がされる事もある。
それなのにコイツは……平民の
常識ではありえない話だ。
「侯爵様。前にも言いました通り私には恋人がおります。それに侯爵様なら私よりもっと良い方に巡りあえる筈です」
私は早口でまくし立て、隣のスペースを空ける。そして私達の会話を聞いていた先輩が、私の意図を的確に汲みとり私の隣にやってくる。そのまま私は先輩の肩を抱き寄せ、先輩が私の肩に首を預ける。
その手慣れたような一連の動作に見ている者全員から『おお〜!』と声が上がる。
息ぴったりに見える私たちの事をお似合いだという声も上がった。お互いの意図を正確に汲み取る事は仕事でも必要な技術な為、二人で練習していたから出来たようなものなのだが。
まさか恋人のふりをするのが、実戦で初めて行う事になるとは夢にも思わなかったが。
だけどこの間と違い、今回の侯爵様はずいぶんと涼しい顔をしている。
「さ、行こうかボクの妻」
そして、私の腕を掴み無理矢理外へ連れて行こうとする。
「ちょっ、待ってください! 今の話聞いてましたか? 私は侯爵様の妻には……」
「安心しろ。もう君達の事はすでに調べ上げている。二人で小さな家に住んでいることも、ここで少しの間働いている事もな」
どうやら私達の事を徹底的に調べてきたらしい。それは私にとっても
「勝手に人の事を詮索しないで下さい!」
「それは悪いと思っているよ、
「あっ、私の名前も…………私は意地でも妻になる気はありませんよ」
馬車に連れ込まれる一歩手前で振りほどく。騒ぎを聞きつけた人達が店の周りにたくさん集まって来ていた。
そしてその中には黒髪黒目の青年が佇んでいた。人が多い所では黒髪は人目をひく。その筈なのに……彼の存在感は殆ど感じられなかった。
ジークが見てる! やばい怒られる。
「この店も土地所有者とすでに話をつけた。ボクがこの店のオーナーになるから仕事を続けたいなら続けていいよ。君の恋人は侍女にでもすればいいじゃないか? 一人は貴族の妻に。もう一人は侍女に。どちらも平民からはありえない出世だよ」
一瞬。今までの事を全て忘れて、この人の妻となりまた貴族として生きていく道もありだと思った。
でも私は誓った。絶対に両親を殺した奴を許さない、カノン様達、王国を襲った帝国に絶対復讐してやると誓った。
普段は服の中に入れていて見えないペンダントを首元から服の中に手を入れ取り出した。そして強く握りしめる。
「…………や……だっ」
「ん? 今なんて?」
「いやだ! 絶対にいやだ! 私の想いは誰にも邪魔させない!!」
私は右手に魔力を込めた。護衛役の従者達が危険を察知し、侯爵を庇うように私の前に立つ。
でももう遅い。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
私の感情に呼応するように侯爵と従者達を稲妻が襲う。従者達が咄嗟に障壁を張ったもののたいした障害にはならない。
「うぁぁぁぁぁーー!」
侯爵に至っては反応すら出来ず、ただ口をあけている。
「きゃぁぁぁぁー!」
「ママーー!! ママーー!」
「うわぁ離れろーー」
そのままの勢いで魔力の渦が彼等を襲う。たぶん彼等は死ぬ。そして周囲の人達も巻き込んでしまうだろう。
女性も子供も見境なく私の稲妻は襲うだろう。今の私の心境をあらわしているかの様に。
そうなれば私はここから去らねばいけなくなる。もしくはジーク達に殺される。そう覚悟した。
「はい。そこまで」
聴きなれた声がした。彼が手を触れると稲妻が一瞬にして消え、辺りは静寂に包まれた。
彼の……ジークの手から煙が上がっているだけで他には何も変わった事は起きていなかった。
子供が逃げ遅れ、近くで転がり込んでいた。ジークは優しく抱き起こすと近くで尻込みしていた母親に渡す。
「ママーー!」
「あぁ、リク無事で良かった。ごめんね」
母親が優しく髪を撫でる。子供は母親に抱きつく。
私ももう一度撫でてもらいたい。お母様に逢いたい。
その様子を見届けたジークがゆっくりとこちらに歩み寄る。
「ジーク! まってよ!!」
先輩がこっちに向かってくるジークを止めようとする。
「どけ、アルマ」
どすの聞いた声。鋭い眼光にアルマ先輩は動けなくなった。そのまま先輩を素通りし、私の前までやってくる。
「……ジーク」
いや、今はギルマスの顔だ。
「ごめんなさ……」
パチーンと大きな音が鳴る。それは私の左頬をジークが平手打ちした事によるものだった。
私は打たれた頬に手を当てる。ヒリヒリした。
「ーーーっつ!」
私は屋根へと飛び移った。平民にはこんな事出来ない。能力を隠すつもりはもうなかった。
そしてそのまま私は屋根から屋根へと移り渡り、ジーク達から離れ、先輩と住んでいる家へと向かった。
◇◆◇◆◇
「やれやれ。やりすぎたかな」
ジークは頭を掻いた。そして、いつの間にかその後ろには女性と少女がいた。
普段から無口な少女クロエ。そして、ギルドのお姉さん的存在のイリア。
「ギルマス。やりすぎ」
「ちょっとひくわ」
二人は一様にジークを非難する。
「僕もあれは酷いと思う」
僕も右にならう。
「あとで謝るよ」
ジークが申し訳なさそうに言う。そして状況が掴めていない侯爵がジークに話しかける。
「お前達は……ボクの妻は一体なんなんだ?!」
ジークの顔が人の良さそうな青年の顔に変わる。あれは表の仕事の時に使っているエイギョウスマイル?とかいうやつだ。
「その事に関しましては、おれ……私の方から説明させて頂きます」
ジークが侯爵達を事務所に案内する。その
「アルマ。あなたはエトの所に行きなさい」
「うん。それがいい」
二人に言われて僕は、エトがいるであろう僕たちが暮らした家へと向かった。
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