第52話 売り子として

 まず、はじめに伝えなければならない。


 私は今、スカート短めの地味でもなく派手でもない制服を着込み、頭にはお洒落な店に相応しい帽子を被りながら、店内を奔走している。


「いらっしゃいませーー! 2名様ですか? では、こちらのお席へどうぞ!! ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」


 おそらくカップル(偏見)の男女二人をご案内した後、別のお客様の注文をとりに行き、出来上がった数々のパンケーキをお客様の元へ運ぶ。


 そして、空いた時間に外に行き。


「そこのお姉さん! うちのパンケーキいかがですか? とっても美味しいですよーー」


「パンケーキだって、どうする?」


「いいんじゃない。売り子さん案内してくれる?」


「はい、もちろんです。ありがとうございます!」


 私はお客をどんどん呼び込んだ。先輩も先輩で大人気だ。


「可愛いね。どこの子?」


「うちにもこんな子ほしいなー」


「えっへへーーー」


 撫で撫でされる先輩、まんざらでもなさそうだ。


 その繰り返しを朝から夜まで繰り返していた。


 正直に言おう。疲れた、むり、休まさせて、帰ります。


 こんなにハードだとは思っていなかった為、せわしなく働くアルマ先輩をみると頭が上がらなくなる。たぶん私の倍近くは働いているだろう。それなのに疲れを全くみせず、ドヤ顔で私をみてくる余裕な先輩をみていると……ちょっと悔しい。いやかなり悔しい。


 しかしながら、私の体はいう事を聞いてくれず、まだ休みたいと言っているようだ。私が休んでいる間にも先輩は厨房と店内を何往復もしている。


「ほらほら、どうしたの〜〜? もうへばっちゃった??」


 そして私を煽ってきた。これがなければ素直に尊敬できるものなのだが。


「そんな事ありません。少し休んでいただけです」


「えー。本当かな」

「本当です」


 私達がぎゃあぎゃあ言ってると、少し店内が落ち着いたのかミルさんが私達の元へやってきた。


「もうアルマちゃん。エトさんをいじめないの! エトさんはまだ休憩していて大丈夫よ」


 あぁ〜ミルさんまじ天使。先輩は悪魔。


「なんでエトはさん付けで、僕はちゃん付けなのさ! 贔屓だ。贔屓だ」


「それは貴方の普段の行動を鑑みれば分かる事でしょう?」


「そうですよ先輩」


 私は胸の大きさで判断しないミルさんに尊敬の念を抱いた。どこぞのお姫様とは大違いだ。ちなみにミルさんの胸は私より少し小さいくらいだ。


 よし!!


「さぁ、アルマちゃんはもうひと頑張りよー!」


 ふわふわした口調だが、口調とは裏腹に先輩の腕をがっしり掴み嫌がる先輩を無理矢理ひきずっていった。


「先輩、私の分まで頑張って下さい!」


 私は親指をグッと先輩に向けた。


「この薄情ものーーーー!」


 あぁその言葉、私が先輩に見捨てられたと思った時に言った言葉ですね。大丈夫です、私は見捨ててなんかいませんから。


「ほらほら、お客様が待ってるわ。しっかりしなさい」


「いーーーーやーーーーだーーーー!!」


 私はひきずられる先輩を見ながらゆっくりと紅茶を飲み干した。


「さて、もう一杯頂きましょうか」



◇◆◇◆◇


 お仕事体験を始めてから丁度一週間経ち、仕事にもようやく慣れてきた頃だ。この日は午後からの開店で私と先輩は店内の清掃をしていた。


 開店まであと1時間というところで、カランと店のドアを開ける音が聞こえた。


「こんな時間に誰でしょう? わたし見てきますね」


「うん。お願いー」


 先輩は丁寧にテーブルを拭き拭きしている。邪魔するのも悪いので私が確認しにいく事にした。


 私は階段を降り、一階へと降り立った。


 そしてすぐに後悔した。


「おい、誰もいないのか? このボクがきてやっているというのに」


 床を足でとんとん叩き、みるからに機嫌の悪そうなお貴族様だった。そばには二人ほど従者の者がついている。


「お客様、大変申し訳ございません。開店までもう少々お待ちください」


 私は深々と頭を下げ、懇切丁寧な対応をした。ここで難癖つけられるのだけは避けたい。


 だが現実はそう甘くいかなかった。


「なんだと、ボクは貴族だ。こんなちんけな店まで自ら足を運んでやってやったんだ。もてなすのが礼儀というものだろう」


 そんなに嫌なら来なきゃ良かっただろうが! それに自分の足とか言ってるが外にある馬車はなんだ? あれがお前の足なのか? あぁ?


 そんな事は到底言えないので、とりあえず謝る。


「君は、謝ればそれで済むと思っているのか?! 全くこれだから平民は……これが貴族同士ならありえない話だ。みんなボクに敬意をもって接するというのに」


 それはあんたの家柄がいいだけだろ。まぁ馬車を見た限り男爵っぽいから嘘だろうけど。


 私も元貴族だから分かる。そんなに現実は甘くないと。


「おい、貴様。さっきからボクの話をちゃんと聞いているのか」


「はい。しっかりと男爵様のお言葉を傾聴させて頂いております」


 すると男爵様はこめかみに青筋を浮かべた。


「君はボクの事をバカにしているのかな? この街の領主であり侯爵家のこのボクの事を知らないはずがないだろう!」


 あっ……侯爵様でしたか。てっきり男爵だとばかり思って……つい口に出してしまった。


「それは失礼致しました。なにぶんこの国に入国してから日が浅いもので……本当に申し訳ございません」


 私はもう一度深々と頭を下げた。一日に二回も私の頭を下げさせたんだ。この借りは必ず返すぞ!


 下を向いているので分からないが、侯爵様がじっと私を見ている……そんな気がした。


「もういい。面を上げろ」


「はい」


 私は言われた通り顔を上げた。すると侯爵様が近づき私の首をグイッと上げ、しっかり視線を交わした。


「へぇ〜平民にしては中々可愛いじゃねぇの」


 侯爵は私の身体を這うように視線を移す。そして私の肩を手でゆっくりとなぞりながら腰に手を回す。


 普通の平民の女の子だったらこれでイチコロだろう。だってコイツ顔は悪くないし。


 でも私は違う。


 侯爵の手が私のお尻にまわろうとした時、おもいっきりつねった。


「いっ、いてて」


 そこで腰に回していた腕を外してくれた。


「いくらお貴族様でも……そういう事はおやめください」


 私はわざとらしく上目遣いで言った。こう言えば激昂する事はないだろうという魂胆だ。


 だが彼は予想の斜め上をいった。


「平民。君にとって素晴らしい申し出をしてあげよう」


 もう一度、彼は私の両肩に手をかけた。そして面と向かいあった彼の言葉を待つ。


「特別に平民の君を妾として迎え入れてあげよう!」


「…………「はっ?」」


 丁度、上から様子を見に来た先輩と声が重なった。


 

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