第53話 厄介な客

「特別に平民の君を妾として迎え入れてあげよう!」


「…………「はっ?」」


 私は目眩がした。何を言ってるんだこいつは。


「そんな……私なんかが貴族様の恋人なんて……恐れ多いです」


「なんだ? ボクの女になるのが嫌なのか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 私は先輩に視線を向ける。


「んっ? どこをみている? ―――そこのお前ちょっとこっちに来い」


 先輩があからさまに『えぇーー』って顔をした。いや助けてよ。先輩はゆっくりと階段を降りてくる。


「お呼びでしょうか? えっと……子爵様?」


「侯爵だ! どいつもこいつも全く……おい、お前はこの女のなんだ?」


「ええっーー?! なんだって言われても……ねぇ?」


 先輩が私をみてくる。私も苦笑いをするしかなかった。だがそこで視線を交わした私たちに、侯爵様は指先をプルプルしながら言った。


「ま、まさか恋人同士なのか?!」


 ((えぇーーーーーー!))それこそとんだ勘違いだ。


 私はすぐに否定しようとした。だが名案を思いついた。


「はい、私たちは付き合っております」


「ちょっエト……何を言って……もが」


 『ちょっと黙ってて下さいね〜』私は小声で先輩に電撃を走らせながら囁く。先輩がこくこくと頷いたので口から手を離してやる。


 先輩のよだれがたっぷり付着していた。後で洗おう。


 侯爵様に向き直り、ひと呼吸置いたあと。


「こういった事情なので侯爵様の妾になる事は出来ません」


 私はキッパリと言い放った。


「なっ、な、な。女同士で付き合うなんて、そんな馬鹿な話が……」


 私は先輩の手を握り恋人繋ぎをする。ビクッと先輩が肩を飛び上がらせたが、意外な事にすぐ握り返してくれた。


 よしよし、いい子だ。


「これでお分かりでしょう? (もう帰れ)」


 侯爵は暫く呆然としていたが、こほんと一つ咳払いをして『今日は帰る』と言い従者と共に馬車に乗り込み去っていった。


 正直、二度と来ないで欲しい。


「あのーそろそろ離してもいいかな?」


 先輩に言われ、まだ私が強く先輩の手を握っている事に気付いた。


「あ、すみません」


 ぱっと手を離し、少しだけ私たちの距離が遠くなる。


「まぁ、今回は仕方ないから許すけど……」


 あっ、ちょっぴり膨れっ面している先輩可愛いな。


 踵を返し店内に戻ろうとした時、私と先輩は恐ろしい光景を見てしまい二人揃って固まった。


 そこには、店長以外の従業員全員が揃って見ていたのだ。


 (しまったぁぁぁぁぁぁーーー!) 開店前になり続々と集まってきた他の従業員達が裏口から入ってきていつの間にか私達の話を聞いていたようだ。


 私はおそるおそる聞いてみる。


「あっ、あの、どこから聞いてました?」


 私の質問にミルさんが答えてくれた。


「えっとね。聞くつもりはなかったんだけどね……私たちは付き合っています辺りか……な」


 ばっちり聞かれてましたね。


 先輩は青ざめるどころか、口から魂を吐き出していた。


「えっと……二人とも付き合ってるの?」


「それは……」


 私は悩んだ。あの貴族はまた来るかもしれない、事情を話して協力してもらうのも手かもしれないが…………ううーん。


 私が尻込みしているのを恥ずかしがってると思ったのか、グラムさんが余計な一言を言ってくる。


「ミル。そんな野暮な事は聞いてやるな。俺たちはこの話を聞かなかった事にする。それでいいだろう」


 私が悩んでいる間にグラムさんがとんとん拍子で話を進め、他の従業員もそれで納得してしまった。


「あ、いや本当は違くて」


 否定した時にはもう手遅れだった。


「いいのいいの気にしないで。好きな人は人それぞれだから」


 『みんな開店準備に戻ってー』とミルさんの声が響き、半ば野次馬化していた従業員達はそれぞれの持ち場に戻っていった。


 その後、どんなに訳を説明しても私の話をまともに聞いてもらえず『言いふらしたりしないから大丈夫よ』とミルさんに一蹴されてしまった。


 そして誤解が解けないまま、パンケーキ屋で働く最後の日がやってきた。



◇◇◇


【レイスフォード侯爵邸  談話室】


「ほしい……あの子が欲しい! 父上どうしたらいいでしょうか?!」


「はぁっーー。とりあえず何があったか話してみなさい」


 家長であるトルメダは、先程からすがりつく息子に心底呆れていた。毎度毎度、問題を起こす愚息に怒る気力もなかった。


 今回もまた余計な面倒事を持ち込んだに違いない。金で解決するしかなさそうだとトルメダは確信していた。


 そして仕事がようやくひと段落した為、息子の話に耳を傾けた。


 すると今回はいつもと毛色が違った。


「平民の女を妾にしたいだとー?」


「はい、父上!」


 まさかそんな事を言い出すとは思っていなかったトルメダは一瞬、混乱に陥る。


「もう正妻もいて、妾も5人いるんだ。十分だろう」


 これ以上、増えたらとんでもない。それも平民なら尚更家に迎えるのが大変だ。


「父上。どうしてもボクはあの子が欲しいのです」


「そうは言ってもなぁー。もしその子に恋人でもいたらどうするんだ?」


「それは……いますが女同士なのです。それなら無理矢理引き離せば問題ありません」


 問題ありありだとトルメダは心中で呟く。だが彼には一つ名案が浮かんだ。


「まったくお前は…………ふむ、それならこの際だ。使い道の無くなった正妻を処分するついでに新しい妻として迎え入れたらどうだ?」


「良いのですか?!」


「あぁ、上手い言い訳を作って正妻を平民の女にした方が色々やりやすい」


「ありがとうございます!! ではさっそく彼女がいる店にもう一度行って参ります」


「待て待て待て。しっかりと準備をしてからだ。何事にも準備は必須だぞ。お前は恋人を別れさせる方法でも考えておけ」


「はい、分かりました父上。お金はいくら使ってよろしいでしょうか?」


「ふむ……店を一軒買い取るぐらいなら……な」


「――――! 分かりました。すぐに完璧な計画を練って来ます」


 バタバタと息子は慌ただしく部屋を出ていった。


「こういう事だけは使えるからな。私もつい甘やかしてしまう」


 トルメダは顎に手を添え、考え込む。


「あの役立たずの商会は、結局最後まで役立たずだったな。せっかく良い商売を教えてやったというのに簡単に捕まってあっさり私の存在を吐くとは……私が関わった証拠を揉み消すのに苦労したわい」


 トルメダは手に持っていた奴隷買取の名簿表を魔法で燃やした。


「次はどこの家を潰してやろうか」


 トルメダの机の上には写真が立て掛けてあり、トルメダとトルメダに似ている男と赤ん坊を抱き抱え、柔和な笑顔を浮かべる栗色の髪に瑠璃色の瞳の美しい女性が映っていた。

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