第43話 本領発揮 

 暫くすると、足音が近づいてきた。

 二人分の足音だ。


「僕がやるから、エトは見てて」


 私は黙って頷き、物陰に身を潜め、男達が来るのを待った。



「くそ! どこにもいねぇぞ!!」

「尾行に気付かれたのか? そんな素振りはなかったと思うが……いや、連れと走り出した時か」


「あぁ、違いねぇ。とりあえず会長に、報告しに行くぞ」


 男が地面に、ぺっと唾を吐きすてた。


 随分、マナー違反な事をする奴だな。

 帰ろうとした男達に、隣にいた先輩がスクッと立ち上がった。


「お兄さん達。悪いけど、ただで帰すにはいかないんだ」


 先輩の声に、男達が振り返る。


「なんだ〜〜? この通りは、いつから連れ込み宿になったんだー」


「悪いけど、俺たち、ガキには興味ないんでな。他を当たってくれ」


 男達は、ジロジロと先輩を見つめ言った。確かに先輩は、『超』がつくほど童顔だと思うけど……それは禁句でもある。先輩は私と同年代なのだから。


 私が、納得納得と物陰で、男達に賛同の意を表していると、ギロッと先輩が振り返った。


「エト。後でお仕置きね」

「ふぇ?! なぜ!!」


 先輩の声音に思わず声を上げてしまった。


「あっ、お前こんな所にいやがったのか! って事はこのガキはお前の連れか」


「えっ、まぁ」


「俺たちに気付いて、逃げたよな? 悪いが一緒について来てもらうぞ」


 男が、私の腕を掴む。


「えっ、ちょっ先輩〜〜!」


「はぁぁっー。お兄さん達、さっきから私を無視するな!!」


 先輩が溜息をつき、思いっきり足をかけた。


「うぉっ!」


 男が、地面に転がった。


「な、お前。俺たちの邪魔するのか、俺たちが誰の部下が分かっているの……」


「んなもん。知るかーー!」


 ドゴォッ!!!


「――っ!!!」


 もう一人の男は……先輩に股間を蹴られ、悶絶してる。 私は先輩に、転ばされた方を痺れさせた。


「あべべべべっーー」


 道に唾を吐く奴は、お仕置きだよ。


「どうします、これ?」

「僕に任せなさい……お兄さん達これなーんだ?」


 先輩が、針のような物を取り出した。


「うぐっ! 針?」

「そう、針! 刺されると、とっても、とーっても痛くなる猛毒付きだよ! あっ、死なない程度の量しか、付けてないから安心してね」


「ひっ、やめ……」


 グサッ。


「「うわぁぁぁぁーーー」」


 そこから、先の話はあまりしたくない、私から言える事は、男二人の汚い、悲鳴が轟いたのと先輩を決して怒らせては、いけないという事だ。


 余程、ガキと言われたのが、ショックだったのだろう。

 体の至る所に突き刺すだけの、作業にとても熱が入っていた。


 ちなみに、魔法で周囲の音を遮断している為、この狭い路地に、誰かが来る事もないし、悲鳴が聞こえる事もない。


 暗い路地で安心、安全の拷問劇が行われていた。



▼△▼△▼△▼△


「もう、悪い事はしません」

「俺たちは、会長に雇われただけなんです」


 地面に正座をし、頭を押しつけている。先輩は鼻息を荒くし、ご満悦のようだ。


「うんうん。これからは真っ当に生きるんだよ。あと、今日の事は誰にも話さない事……もしも、しゃべったら……分かってるよね」


「「勿論、分かっておりますとも、アルマ様!!」」


 真っ当に生きろって、それ、暗殺者の先輩が言うの? てか、様付けって……だいぶ躾けたな。


「うんうん。いい子いい子。ガキは僕じゃなくて……」


「「エト様でございます!!」」


「ちょっと! 先輩なんて事、吹き込んでるんですか?!」


「だって事実でしょ?」

「……ぶっ飛ばしますよ?」


「ごめんなさい」


 二人の男には、何もなかったと報告して貰うために解放し、私達二人きりになった。


「まず、エトちゃん。ちょっと我慢してね」


 先輩が私の事をちゃん付けしてる、これは訓練の時に怒られる前触れだった。


 バチーン!! アルマ先輩に思いっきり平手打ちされた 。 その反動で私は少しよろけてしまった。そしてあまりの痛みに、目から涙が、ポロポロこぼれ落ちて来た。


「うっ、痛い」

「痛くないと、お仕置きにならないでしょ?」


 だからって、あんまりだ。


「なんで、叩かれたかは分かるね?」

「先輩を頼らなかったから」

「違う」


「先輩のプリンを食べたから」

「違う……って食べたのエトだったの?!」


「じゃあなんなんですか!」

「簡単だよ、暗殺者の心得のその一」


「……必要以上に目立ってはいけない」

「そう、初歩の初歩だよ。君は目立ち過ぎた。あんな作戦で行ったら、注目されて当たり前だよ」


「見てたんですか?」

「まぁね」


 確かに、あの作戦はちょっと、いやかなり強引過ぎたかもしれない。侵入した後の事なんて全く考えてなかったし。


「申し訳ありません」

「これはね……怒ってるんじゃない。君の為に言ってるんだ。一人でやる事は悪くない、でもこれから先、ここで仕事をする時、顔を覚えられてたら不利にしかならない、だから失敗は許されないんだ」


「……はい」

「はい、これで暗い話はお終い。一度、家に戻って作戦を立て直すよ」


「手伝ってくれるんですか?」

「当たり前じゃん! これは僕達の仕事なんだから」


 だったら最初からそうしろよ、と言いたくなったが先輩なりの教訓だったのだろう。


 実戦あるのみってね。



◇◇◇


「まずは、暗殺の方法だけど……これは依頼者の意に沿うようにはしない」


「何故です?」

「あんまり、依頼人の言うこと聞いちゃうと、こっちが舐められちゃうからね。それで、便利屋扱いされて、廃業になった先輩を見てるから」


 先輩の先輩ですか。


「成る程……ではどのようにして殺しますか?」

「今回は僕がサポートに回るから、エトが殺してね。方法は……短剣で行おう」


「ナイフ……という事ですか? まぁ、短剣を使うのは、身軽さを重んじる、暗殺者にとっては、基本の暗殺道具ですが」


「そう! 決行は今夜ね。それまでに準備してて」

「へっ? 今夜、さすがにそんな急には……」


「出来るよ。エトが注目されている間に、勝手に侵入したから。ほら見取り図」


 先輩が、私に細部までよく書きこまれた、商会の見取り図を渡してきた。


 見ただけで、とても細かく、手慣れている様子が窺える。


「これ。どのくらいで書いたんですか?」


「うーん。見学に3分で、外に出てから、記憶を頼りに5分くらいで書いたかな」


 合わせて10分にも満たない……。


「凄いですね、初めて先輩の事を尊敬しました」

「そうでしょう。そうでしょう。これでも先輩だからね……って初めて?!」


 先輩が嘘でしょ!!といった顔をしてるが、本当の事なんだもん。


「まぁ、そんな細かい事は気にしないで下さい。とりあえず着替えて来ますね」


 私は、共有の寝室で着替えると、先輩の元へ向かった。やっぱり、色々見えるし、スースーして落ち着かないな、これ。


 私が、完璧に着こなしてるのをみると、先輩は貴族の人って、なんでも着こなすんだねと口にした。


 まぁ、社交界とかなんかで、流行の服を着ないといけないから、その時にあった、服を着こなせるのは、貴族令嬢にとって武器の一つだからね。


「じゃあ、今日は腰に付いているアイテム袋と、短剣の使用方法を教えるね」


 テーブルの上には、私と同じアイテム袋と、キラリと光るナイフが置かれていた。

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