第42話 任務失敗
私は、家を出て、そのままベルセイン商会へと徒歩で向かった。
ベルセイン商会は、町の中心にある大きな建物ので、普段の買い物の時にもよく通っている。逆にアベルタ商会は、一つの大きな商会ではなく、小さな店舗を帝国のあちこちに出店させている商会だ。
武器の品質はどこも同じだが、冒険者達にとっては安くて、丈夫な上に、斬れ味も良いと評判らしい。なので売れ行きで言えば、どっこい、どっこいなんだとか。
ここ帝都は、周辺諸国との境界線であり、争い事や揉め事が起きやすい、そして魔物の出現率も他国に比べればやや多い。
王国から、帝国に移ろうとする、冒険者達の気持ちも分かる。
ちなみに、冒険者ギルドはどこの国にもあるため、ギルドカードを掲示すれば、特に精査されず入国出来るらしい。
私はジークと共に裏口から入ったけどね。
どこの国でも、魔物から国を守ってくれる冒険者は、幾らいても損はないので、国は特に規制はしていないらしい。
一応、移動する時は自分が所属している、ギルドに一言、言う必要はあるけど。
帝都の冒険者ギルドが、人気な理由は、もう一つあって、単純にここのギルマスは若くて、たいそう美人な方らしいので、それに釣られて男共がやって来ているのだそうだ。
男に詰められて、大変そうだな。でも、ギルマスだから意外に……毎晩、とっかえひっかえで楽しんでいるのかも。
まっ昼間から、卑猥な想像を頭の中で、膨れ上がらせながら歩いている。
私が美少女じゃないって? いや、どっからどう見ても美少女でしょう。
私の事を可愛くないと思う奴は、眼が腐ってらっしゃるのだろうな。 死んだ魚の様に……。
とりあえず、建物の周りを一回りし、作戦を考える。
さすがに、真っ向から忍び込む程、私は馬鹿ではないので、偵察と称した潜入を試みる事にした。
勿論、平民の服装で……殺せそうだったら、階段からでも突き落として殺そう。……そんな安易な考え方をしていた。
そして、失敗した。
まず、商会の中に入れない、中に入れるのは商談のある人か、商会の人だけ……私の様な平民は、身なりを見るなり、門前払いだった。
むむ。まさか、初歩で挫けるとは思わなかった。
どちらにせよ、暗殺する時は、ここに侵入しないといけない為、今の内に中の構造を把握しておきたい所だ。
という事で裏門にやってまいりました。
「お兄さん、お兄さん。ここで働いている者の、家族なんですけど……パパがお弁当を忘れちゃたみたいで、忙しいママに変わって、私が届けにきたんだけど、入っちゃだめでしょうかー?」
私は、あどけない笑顔で近づき、見張りの人であろう二十代後半くらいのちょっと小太り……デブに間延びした声で、声をかけた。
怪しまれないように、しっかりと内容は考え、平民のまだ幼い女の子を演じてみせた。
気を付けなければいけないのは、口調だ、貴族として厳しく躾けられてきた為、気を緩めるとうっかり丁寧な言葉遣いになってしまう。
男は、私の全身を上から下に、舐めまわすように見つめてきた。
「うーん。今ね、ここに部外者を入れてはいけないと、きつく言われてるんだよ。お父さんの名前を教えてくれたら、ボクが渡しといてあげるよー」
うわ、このデブ、ボクとか言いやがった。渡したら絶対に自分が食べるつもりだろ、まぁ、この弁当は買ったものだから別にいいんだけど……いや、弁当が可愛そうだ。
やっぱり、私みたいな美少女に、食べてもらえる方がお弁当さんも嬉しいよねー。
「えっとー。知らない人に名前を出すのも、お弁当を渡すのもママからだめだって言われてるんです。本当にちょっと入れてくれるだけでいいんです、お願いします!」
私が、うるうると涙ながらに訴える。
いいからさっさと入れろデブ!
「ボクが入れてくれなかったら、君は困る?」
なに言ってんだコイツ。困るに決まっているだろう。
「それは、私もパパも困りますし、ママに怒られちゃいます」
何やら、デフの顔が醜く歪んでいる。絶対ろくでもない事考えてるな。
「この後、ボク休憩入るからさ、その時ちょっと付き合ってくれるなら通してあげていいよ」
ほら、ろくでもない事だった。
「付き合うって、どういう事ですかー?」
「ボクと宿に行って、少し遊ぶだけだから、全然怖くないよ」
もう、その顔が怖いよ。欲望まみれの顔を近づけんな……蹴るぞ。
「うーーん。知らない人と、どっかに行くのはちょっと……」
「大丈夫、大丈夫。痛くしないから」
何をだよ!! いや、分かるけどさ。こいつ、私が何も知らない
私が脳内でぐちぐち言ってると、デブが私の肩に腕をまわしてきた。
うっわーーー。汗臭、ベトベトする。 くそ、離せよ。
「ちょっとやめて下さい、離して下さい」
「そんな事、言うなって親御さん悲しむぞ」
なんで、断ったら両親が悲しむんだよ! やばい、もう任務とかそれどころじゃない、こいつぶん殴りたい。
「ジンス何やってんだお前!! また、女の子に手を出してるのか」
「げっ、先輩。そんなことしてませんって。ちょっとこの子が、無理言ってきたので家に帰してあげようかと思ってただけで……決してやましい事は」
「うるさい! 言い訳は後にしろ」
いいタイミングで上司が来てくれた。助かったぜ。 デブは焦りだし、私から手を離してくれた。
……左手で私の太腿触ってたよね、気のせい……いや気のせいじゃないよな。ーーー蹴る!
ゴッチーンといい音がして、デブはちょっと凛々しい男の人に頭を叩かれた。
良い天罰だ。
「うちのバカがすまなかったね。所で何用で来たのかな」
「えっと、それはね……」
「働いてる親父の、弁当を持ってきたんだとよ」
私が答えるより先にデブが答えた。
「お前に聞いたんじゃないんだが……。あー、お父さんの名前なんて言うのかな? 申し訳ないけど、ここから先に入れるわけには行かないから、こっちで届けさせて貰う」
「あの、自分で……渡したいのですが」
「なっ、先輩。全然言うこと聞いてくれないんだよ」
「それはお前の態度が悪いからだろ! 少し黙ってろ」
「はいぃー」
上司さんはしゃがんで、私の視線に合わしてくれる。私の背は平均だが、この人は普通の男の人よりずっと大きい、私と一緒くらいのデブとは大違いだ。
「ごめんね。規則なんだ、お父さんの名前教えてくれる?」
「えっと……」
まずい、まずい不味い。他の人達まで集まり始めてきた、これは適当な、嘘を言って中に入れても、ついてくるやつだな。
「もしかして……別の用件か?」
私が父の名前を中々言わず、それを訝しんだ上司さんの声のトーンが下がる。
「きょ、今日は帰りますね。また明日来ます」
私は、サッと後ろに方向転換し、その場から離脱を図る。
「あっ、ちょっと待って。怖がらせてしまったならすまない。少し話を聞かしてくれ」
「いいえ、遠慮します」
私は振り返りもせず、遠慮すると口にして足早に去った。
◇◇◇
「はぁっー。まさかここまで上手くいかないとは」
これは、大人しく先輩を頼るしかないのかもな、あの人も本当は出来る人なんだから……でも謝りたくない。
「あれ〜。えほひゃんじゃん」
「………先輩何してるんですか?」
「ひゃべあるき」
先輩のお口には、お肉が、手には串焼きを何本も持っていた。
「いひゅ?」
「いりません。仕事中ですから」
「ひゅごとひょうなってゅ?」
「すみません。何言ってるか分からないので、食べ終わってからにして下さい」
先輩はもくもく、ごくん。と呑み込んでお茶を飲んだ。
「ひゅごとひょうなってゅ?」
「いや、なんで何にも変わってないんですか」
「冗談、冗談。仕事どうなってる?」
……ちょっとムカつく。
「見れば分かる通り全く、上手くいってませんよ」
「まぁ、そうだよね。後つけられてるし」
「えっ?」
「走るよ」
先輩に手を引かれ、露店街を走り抜ける。
「ほら、後ろ見てご覧」
指をさした方をみると、男性二名が、人をかき分けて、こちらに向かってきている姿が見えた。
嘘でしょ。 商会に行った時、私の周りにいた人だ。
「……このバカ」
黙って走っている先輩にバカと言われたが、怖くて先輩の横顔を見る事が出来なかった。
先輩の言葉に少し怒気を感じたからだ。
私と先輩は路地に入った。
「ここで待ち伏せするよ、いいね?」
私は黙って首を縦に振るしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます