第31話 真夜中の攻防〜お姫様と約束〜

 私とカノン様が部屋に着くと、二人の近衛騎士団が倒れていた。床は血溜まりが出来ており、壁には鮮血がこびりついていた。


「大丈夫ですか?!」


 私は駆け寄り治療魔法をかけようと試みる。カノン様が私の肩を掴む。


「もう……だめよ」


 近衛騎士団二名はすでに息絶えており、体が冷たく硬直していた。首の動脈が一太刀で斬られている、即死だったのだろう。


 近衛騎士団をこんなにあっさり倒すなんて相当な手練れだ。 


 治療魔法は傷を癒す魔法だ。死んでしまったらどうしようもならない。蘇生魔法が使えれば別だがそれを出来るのはごく一部の魔導師とネクロマンサーと呼ばれる者達だけだ。


「死んでから随分と経っているみたいですね」


 既に壁についた血は乾いていた。


「ええ、ティナの安否が気になるわ。行きましょう」


 私とカノン様は意を決してティナ様の部屋へと入る。


「ティナー! いたら返事をしてティナー!」


「ティナ様ー! もう大丈夫ですから出てきて下さーい!」


 暫く声を上げてみたが、返事はない。部屋が荒らされている事から連れ去られたと考えるのが妥当か。


「カノン様。ここには居ないようですね」

「そうね……他の場所を探してみましょう。追われて何処かに隠れているのかもしれないわ」


 その時どこからか声がした。


「お姉……ちゃん?」


 声のする方をみるとベッドの下でなにやらゴソゴソ動いている。


「「ティナ!」様!!」


 私はティナ様がベッドの下からはい出るのを手伝う。


 良かったティナ様が無事で。


「ティナ大丈夫だった? 怪我はない?」

「うん、大丈夫」

「良かったわ、ここで何があったの?」


 カノン様がティナ様の身体をあちこち触る。怪我をしてない事を確認すると安堵の表情を見せた。


 カノン様の質問にティナ様は首を横に振った。


「分からない、近衛騎士団の人に耳を塞いで隠れていて下さいって言われてたの。すぐに迎えに来るからって言って、暫くしたら近衛騎士団の人が何か大声で怒鳴って剣を抜く音がしたの。その後誰かが部屋に入って私の事を探してたんだけど見つけられなかったみたい。 私、怖くて目も塞いでたから姿も見てないの」


 恐らく、その部屋に入ってきた主が近衛騎士団を殺した犯人何だろう。


 近衛騎士団をあんなに軽々倒すなんて一体何者だ。


「そう、とっても怖い思いをしたのね。よく声を出さずに我慢したわね。いい子いい子」


 カノン様はティナ様の頭を優しく撫でてあげる。


 私もやって欲しい!


 私の視線に気づいたカノン様に手招きされ、空いていた手で頭を撫でてもらえた。 


 えへへ。


 カノン様は私達を両手で撫でつつ何か考え事をしている様子だ。


「近衛騎士団を殺したあの太刀筋……まさか」

「カノン様?」

「なんでもないわ、こっちの話よ」


 カノン様は私に向きなおると笑顔を見せた。


「お姉様、兄上やお父様、お母様は無事なのですか?」


 ティナ様がおずおずと質問した。そういえば、私も他の王族がどうしているのか知らない。


「私とシズルで父上方の部屋に行ったわ……二人とも手遅れだった」


 カノン様は口を噛み締め涙を堪えながらもしっかりとティナ様の方を向いている。そのお姿に悲壮感を覚えた。



「寝込みを襲われたみたいで、父には抵抗した形跡があったのだけれど母には抵抗の後がなかったわ。二人とも心臓を一突きよ」


 カノン様によると深々と剣が突き刺されており、万が一にも助かる事はないよう剣に呪いカースが込められていたのだそうだ。


 これってやっぱり宰相の仕業か?


「兄様は分からないけど、部屋には襲った帝国兵の死体が散乱していたから生きているはずよ。兄様も私と同じで一人でも十分強いから」


 確かに近衛騎士団団長と渡りあえるくらい強いから大丈夫だろう。それより今しなければいけない事は……。


「カノン様、ここには王族だけが知る隠し通路があるんですよね? その隠し通路を使ってティナ様と一緒にこの国から脱出して下さい」


「ええ、確かに父上の部屋にあるわ。でも逃げる事はできないわ」

「何故ですか?!」


 予想外の言葉に私は相手が王女という事も忘れて噛みついた。


「それは私がこの国の第一王女だからよ」


 カノン様は淡々と言い放つ。


 (そんな……嫌だカノン様が死ぬのだけは見たくない! それは自分が死ぬより辛いことだ) 


 カノン様の瞳が私を見つめ金縛りにあったように視線を離せなくなる。


 私いつからこんなにカノン様の事を想っていたんだろう? なんかずっと昔からのような気がするな。


 私は決めた。これからする事は王族に対して無礼に値するだろう。でも今はそんな事考えてられない。


「カノン様座って下さい」


 私は力強く言った。


「えっ? あっ、はい」


 カノン様には予想外の言葉だったのだろう。自分でも予想外だが。


 私の剣幕に押されてカノン様は大人しく座った。何故かティナ様も。私はカノン様に近付き太腿の下と腰に手を添えるとつま先にグッと力を入れて立ち上がった。


「よいしょっと」


 俗にいうお姫様抱っこだ。まぁ抱っこしてるのは本当のお姫様だけれど。


「きゃっ!」


 珍しくカノン様が甲高い声を上げその顔は赤面している。


「もうエトったら……いいわ付き合ってあげる」


 カノン様は恥ずかしがりながら首に手を回した。


 (うわ〜〜〜〜凄いすべすべしてる)


「はわわわわわ、エトちゃん大胆!」


 ティナ様もきゃっきゃっ言いながら手で目を隠している。


 私もなんだか恥ずかしくなってきた。


「ティナ様ついてきて!」


 私はカノン様を抱っこしたまま、隠し通路がある陛下のお部屋まで向かった。


「……これが最後になりそうね」


 カノン様の私に回した腕の力が一層強くなった。私はカノン様が漏らした言葉を確かに聞いた。そしてその覚悟も伝わってきた。それでも私は足を止める事はしなかった。


  ◇◇◇


「はぁはぁ」


 私たち王族側と宰相側の戦いは膠着していた。アイツが彼女を連れてくるまでは。


「このメイドが殺されたくなかったら大人しく武器を降ろして降伏しろ。命まではとらん」


「私の……ことは無視して……いいからみな…………さんは戦って下さい」


 首に呪いカースがかかった短剣を突きつけられ、途切れ途切れに声を出す少女は自分を見殺しにしろと言ってきた。


「もうみんなに……迷惑かけたくないです」


 彼女は死を覚悟しているようだ。


「メリティナ……」


「さぁどうする早く決めろ、さもなければこのメイドの命はないぞ」


 彼が首筋に短剣を押し込み、首筋から少し血が流れる。


 私は水剣を解いた。それを合図にヨハンやライオット達も剣を手放しミザリーも抵抗をやめた。


「そんな……だめ、だめです。剣を取って下さい!」


 私には二年間苦楽を共にした同僚を見殺しにするなど出来なかった。他の者も同じだろう。


 王国側の兵士も私たちが武器を手放したため、手を挙げ降伏の姿勢を示す。


「よし、全員捕縛しろ」


 彼の命令で私たちの体に魔力封じの縄が巻かれる。


 (ごめんなさいエト、カノン様。約束を守れそうにありません)


 私は殴られ意識を刈り取られるその瞬間まで、帝国兵に指示を送る宰相ブラン・ガルディアを睨み続けた。そんな私の視線に宰相が一瞬気付いた。


『こうするしかなかったんだ』


 口には出さなかったが、口の動きで確かに宰相はそう言った。その瞬間、兵士に蹴られ私の意識は途切れた。

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