第32話 真夜中の攻防〜惜別と神玉の行方〜
私はカノン様を抱いたまま陛下の部屋へと到着した。
「エトちゃん速い〜!」
ティナ様がはぁはぁ言いながら少し遅れてやってきた。私は恥ずかしさのあまり足早になってしまっていたらしい、ティナ様には悪い事をしてしまった。
「ここでいいわ、下ろして頂戴」
私はカノン様をゆっくり地面に下ろす。
「はい、私の我儘に付き合って頂いてありがとうございました。後で必ず無礼な事をした罰は受ける所存です」
私は深々と頭を下げる。
「別に罰を与えようだなんて思ってないわ。私が許したのだし。それに何で私じゃなくて貴方がそんなに顔を赤くしているのかしらね」
カノン様は赤面しておらず、至って普段通りの顔だった。 私はその逆。
「お姉様だって走っている時は、遠目から分かる程顔を赤くしてたじゃないですか」
「えっ、そうだったんですか?」
私は走っている最中まともにカノン様の顔を見られなかったので、そのご尊顔を拝見する事が出来なかった。
「お、お互い様だということよ!!」
ボッ! とカノン様の顔が赤くなった。
あっ、珍しい。いつも冷静なカノン様が慌てている。今日はカノン様の珍しいお姿をたくさん見れる日だな。
私とティナ様は赤面して、あたふたしているカノン様をニコニコしながら見守る。
「二人ともそんな優しい目で見てくるのはやめなさい!」
私とティナ様は当然やめなかった。
「もういいわ」
カノン様がプイッとそっぽを向いて部屋に入って行ってしまった。少しからかい過ぎちゃったかな。
私はカノン様やティナ様と戯れながらも事態が悪化している事に気付いていた。カノン様が部屋に入ったタイミング的にカノン様もシズル達の魔力反応が消えた事に気付いているのだろう。
私もカノン様を追って部屋に入る。部屋はこれといった王族らしい装飾品は無く、ごく普通の一室だった。
「意外ですね、王族の部屋ってもっと豪華な所だと思っていました」
あれ今の私の発言、不敬罪にあたる?
カノン様は気にする事なく答えてくれる。
「お父様とお母様は着飾るのがあまり得意じゃなかったのよ、その子供である私やティナも同じようなものよ」
暗くてよく見えなかったが、確かにティナ様のお部屋も質素だった気がする。
「兄上の部屋はもっと質素なんだよ。さらに普段は兵士の宿舎に泊まってるくらいなんだから」
「それは変わったお方ですね」
私は苦笑するしかなかった。
王族なのに一般の兵士と同じ部屋に住むとかどんな変人だよ!
「えぇ、兄様はとっても変わったお方なのよ。最低限説得して一人部屋にはさせてもらったわ。一般の兵士と部屋を一緒にしたら本人は良くても一般兵の気が休まらないもの」
カノン様は自嘲気味に言った。
そりゃそうだ。隣で第一王子が寝ていると考えたら安眠することなんて出来ないよね。私もカノン様が隣で寝てたら一睡もできないもん。なんなら襲うまである。
ゾゾゾっとカノン様が急に震えた。どうしたんだろう?
「今、貴方変な事考えなかった?」
「なんのことでしょう? 私にはまったく分かりませんね」
とぼけた。
私はベッドに目を向ける。
陛下と王妃様ってここで亡くなったんだよね。
「あのつかぬ事をお聞きしますが陛下様方のご遺体はまだ残っているのでしょうか?」
私の言葉に周囲の気温がぐっと下がった気がした。
「……いいえ、私とシズルで別の場所に運び出したわ」
「そうですか……申し訳ありません。嫌な出来事を思い出させてしまったかもしれません」
「大丈夫よ気にしなくていいわ。ティナも後できっちりお別れを言わないとね」
「……はい」
カノン様はベッドを通り過ぎ、クローゼットを開けた。中には使い込まれた服が何着も入っていた。中身を全部空にするとカノン様は手を当て魔力を込め始めた。
「―――、――――」
カノン様が私には全く分からない言葉を呟かれた。すると眩しいほど光が溢れ魔法陣が現れた。
「この魔法陣は転移魔法の一つで、城の外へと繋がっているわ」
私とティナ様が魔法陣の中に顔を突っ込んでみると中は隠し階段のようになっていて、一番下からは光が漏れている。あれが出口なのだろう。
私はカノン様が何か言う前に行動を起こす事にした。カノン様の腕を掴み強引に魔法陣の中へと引っ張る。
「カノン様逃げて下さい」
私が全力で引っ張るがカノン様はびくともしない。
「離しなさい、これは王族の責務なの。民を守る事が一番大事だということは貴方にも分かるでしょう」
そんな事言われなくても分かっている、カノン様がどれだけこの国と民を愛しているのかなんて。
「いい、貴方がこの階段から外に出るのよ。そして友好な関係にあるアルフレディア公国に助けを求めるの。私は大丈夫必ずまた生きて会いましょう。そしたらまた一緒に生活しましょう」
そんなこと………。
「そんな事出来る訳無いじゃないですか! 私はカノン様のメイドであり、護衛でもあるのですからお側を離れるわけには行きません」
「では貴方に特命として命じます。 これには絶対に従ってもらいますよ」
「〜〜〜!!」
そんな……特命はどんな理由があろうと絶対に従い、遂行しなければならない命令。例え命令した者が死んだとしてもだ。
「で、でも私にはカノン様に最期まで仕えるという大事な役目が……」
何を言っても、カノン様の意思は変わらない。それはもう心のどこかで分かっている。
でも私には諦めきれなかった。
「私は貴方を信用しているから命じているの。私だって守られる程弱くはないのよ、下で戦っているヨハンやシズル達もいるから安心しなさい。 私はどこにもいかないわ」
カノン様はもうシズル達が倒れている事に気付いている筈なのに嘘をついた。それは私やティナ様を安心させる為についた優しい嘘だ。
ここまで言われたらもう引き下がるしかないのかもしれない。私がここで嘘を指摘したとしても何も変わらないだろう。
私は悩み、答えを出せずにいた。その時カノン様がティナ様に声をかけた。
「ティナ、貴方もエトと一緒に行きなさい」
私とティナ様が一緒に? カノン様の事ばかりで全然気がティナ様の方に回っていなかった。
「え……何故ですかお姉様。私だって王族としての覚悟はあるつもりです。 残って私も戦わせて下さい!」
ティナ様は必死なってカノン様に訴える、カノン様は我儘な子供を見る母の様な目をして優しく頭を撫でる。
「貴方を戦いには連れていけないわ。 何故かって? 貴方が弱いからよ。 連れていっても足手纏いにしかならないわ。 自分でも分かっているのでしょう?」
もっともな事を言われたティナ様は口を噛み締め黙ってしまった。私もティナ様が武術や攻撃魔法を得意だとは思えないし実際そうなのだろう。
ティナ様の固有能力も戦いに適しているものではない、人の本質を見抜く事に特化している能力なのだから。
「エト、ティナの事任せたわよ」
私は命じられた役目をまっとうするしかないのかもしれない。私もティナ様を一人にさせておく事など出来ない。
「………はい、必ずティナ様を安全な場所へ連れて行った後、援軍を連れて戻ってまいります」
必ずカノン様を助けにここに戻ってくる事を私は誓った。ローラの魔力反応が近付いてきている。もう時間は殆ど残ってないのだろう。
その時カノン様が嬉しい事を言ってくれた。
「今度会う時は一緒にお風呂に入ってあげてもいいわよ」
「え、いいの?! 分かった、私ティナ様を連れて逃げます!絶対ですよ、絶対!」
なんとカノン様が一緒にお風呂に入ってくれるらしい、こんな嬉しい申し出はない。私はここに残るか、役目を果たしお風呂をとるかを天秤にかけた結果お風呂に傾いた。
すぐに答えが出たのは先程の戦闘で、帝国兵を一瞬で凍らせる程のカノン様の圧倒的な強さを垣間見ていた為少し安心していたからかもしれない。
最悪死ぬ事はないだろうし、危なくなったら流石にカノン様も逃げるはずだからと。
「えぇ、じゃあここでお別れね頼んだわよエト。ティナもそれでいいわね」
ティナ様は今度はしっかりと頷いた。
「分かりました。お姉様も危なくなったらすぐお逃げ下さい」
「私もティナ様を安全な場所へ送ったら、援軍を連れてすぐ戻りますのでそれまで待ってて下さいね」
「えぇ、もしかしたらエトが来る前に私が全員やっつけているかもしれないわよ」
力こぶを作りカノン様は私に悪戯する時の様な顔で笑って見せた。
「うーん、それは困りますね〜」
私も私でカノン様の遊戯に乗ってあげた。
「お姉様、エトちゃん。くだらない冗談言ってないで早く行きましょう」
私とカノン様が戯れていると痺れを切らしたティナ様に叱られてしまった。
魔力反応はすぐそこまで迫ってきている。微かに足跡が聞こえてきた。ティナ様がカノン様の嘘に気付いてしまうかもしれない。
「さぁ二人とも道中気をつけて行きなさい」
「「はい!!」」
私はティナ様の手を素早く取ると魔法陣の中に入り階段を何段か降りた。後ろを振り返ると既に入り口は見えなくなっていた。
「ヒック……ヒック……グスン」
ティナ様はカノン様がいなくなった後すぐに泣き出してしまった。ずっと我慢していたのだろう。うわ言のようにお姉ちゃんお姉ちゃんと繰り返していた。
ティナ様は澄んだ瞳から大粒の涙をこぼし暫くの間しゃがみ込みすすり泣いていた。
私は少し落ち着くまで頭を優しく撫でながら待っていた。少し空間が捻れて来たがもう少し持つだろう。
私は落ち着いたのを見計らって声をかけた。
「ティナ様……カノン様はきっと大丈夫ですよ、まずはご自分の身の安全を考えましょう」
「そう……よね。私はこの国の第二王女だもの情けない姿を見せられないわ。さぁ行きましょ!」
ティナ様は涙を拭うと私の手を取り元気よく走り出した。
良かったいつものティナ様に戻られている。
私もティナ様に引っ張られながら出口に向けて走り出した。私は最後の最後まで入り口があった場所を見つめていた。短い距離だった筈なのにひどく長く感じられたのはそのせいだったのかもしれない。
私の手には別れ間際に渡されたペンダントが握られていた。
◇◇◇
体中から血を流し服は焼け、ボロボロになった一人の青年が城の外に出る門までやって来ていた。
「くそ! ここもだめなのか」
城一帯には城の外に出られないように魔法で結界が張られていた。そして彼の腕には神玉が抱えられていた。
悔しそうに門を叩き彼は元来た道を引き返そうとした時後ろから声がかかった。
「そこで止まってくれるかい、アレン・シュトラス・ディスペラー」
アレンの後ろには道を塞ぐようにユアンとその部下達が立ち塞がっていた。
「君は……そうか君が全部仕組んだんだね」
「さぁどうだろう。大人しく神玉をこちらに渡してくれるかい?」
「それは無理な相談だね」
「じゃあ仕方ないな……」
ユアンの手が光りだしたのと同時に部下達も一斉に攻撃魔法を準備を始めた。
「ここまで……か」
アレンは悔しそうに呟いた。アレンにはもうユアン達と戦う力は残されていなかった。
光の玉がアレンに向かって一斉に放たれた、少ない魔力でアレンはなんとか防御魔法を張った。アレンに光の玉が何発も直撃し周囲は煙に包まれた。
煙が晴れると黒こげになったアレンが地面に横たわっていた。
「驚いたな、まだ息があるのか」
ユアンは落ちていた神玉を回収すると感心したように瀕死のアレンを見つめる。 彼は剣で殺してやろうかと考えた、だが宰相に無駄な事はするなと言われていたのを思い出したのでそのまま放置する事にした。
「王子は放っておけ。勝手に死ぬだろうから」
「「はっ、仰せのままに」」
ユアンの側近人物らしき二人が前に出てきて他の者に手短に指示を出す。
「ふぅ、やっと手に入ったよ。後はウルティニアちゃんだけかな」
彼は満足そうに呟き、神玉を大事に抱えた。
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