第30話 真夜中の攻防〜王国の裏切り者〜

 私がシズルの魔力を後を追う事数分、ようやく魔力反応が間近に感じられるほど近づいていた。


 道中、シズルに斬られたのであろう死体が沢山転がっていた、中には正規の帝国兵の死体もあった。全て一刀両断されている、さすがシズルだ。


 シズルは小さい頃から、魔力量も多くて魔法の扱いも上手い、一時期神童って呼ばれてたこともあったっけ、いつから呼ばれなくなっていただろう。


 ううん、誤魔化すのはよそう。私と出会ってからシズルは自分の力を制限するようになったんだ、私が変に萎縮したりしないように、少しでも私と一緒にいられる為に。


 力を解放したシズルは強い、私なんかがいらないくらいに。私はたった二回の戦闘で魔力を殆ど使い果たしてしまった。こんな私ではもう役立たずだ。


 でもカノン様を逃がすまでは死ねない、せめて盾にでもなってみせる。


 廊下を走り続けると見知った顔が見えてきた。その表情はどこか憂いを帯びている。


「シズルー! カノン様ーー!」


「「エト!!」」


 周りにはミザリー、ヨハン、ライオット、エリオの姿もあった。マリウスとレヴィリオス、当たり前だけどローラの姿はない。


「マリウスとレヴィリオスは?」


 私の質問にヨハンが答えてくれた。


「分からない。俺たちもやっとのことで合流できたんだ。あいつらもどこかで戦っているのかもしれない」


「そっか……でもあなた達がカノン様の側にいててくれて良かった。ありがと!」


「あ、ああ当然の事をしただけだ」


  私が笑顔でお礼を言うと男三人衆が顔を赤くした。 やめてよね、私はカノン様とシズル以外はお断りだよ。


「シズルからフリーダと揉めたと聞いたわよ」


 その事で心配なさってくれていたらしい。


「カノン様。私もフリーダも無事ですからご安心下さい」


 それを聞くとカノン様は安堵したようだった。


「フリーダと一緒には来なかったの?」

「私は軽い怪我で済みましたけど、フリーダは結構ダメージを受けて動けなそうだったのでフリーダに先に行くよう言われました。治療したら必ず戻ってきてくれると思います」


 あの笑顔を見たからかもしれないが彼女は必ず私たちの所へと戻って来てくれるそんな気がした。形は違ってもフリーダはカノン様の事を心から慕っていて忠誠を誓っているのだから。


「そう、それならいいわ。あなたが無事で本当に良かった」


  カノン様が私を抱きしめた、背中に回された手がギュッと力強くしがみつく。ちょっ恥ずかしい恥ずかしい。そしてシズル、ほっぺ膨らまして抗議してくるのやめて。


 数秒間私を抱きしめたあと、解放された私の顔はさぞ赤面していた事だろう。


「これからどうしますか?」


  シズルが代表して聞いた。


「まずはティナと合流するわ、部屋で待っているように伝えといたから。常時付けている近衛騎士団二名と一緒にいるはずよ」


「近衛騎士団がいれば安心ですね」

「ん。安心」


 ヨハンとミザリーはまだ他の近衛騎士団がどうなっているか知らないようだ。


「カノン様。他の近衛騎士団が見えないのはどういう事でしょうか? まさか……」


「エト、近衛騎士団は絶対に裏切りはしないわ。ドレットさん達を信じて待つしかないのよ」


  その時大人数が向かってくる気配がした、近衛騎士団か。


「いたぞー!! カノン第一王女がおられるぞー」


  違った宰相側の王国兵だ。


「――っカノン様を守れ!」


  ヨハンの号令により、ミザリーやライオット達も動いた。私は例によってカノン様の側で見守ることしかできない。


「カノン様ごめんなさい。いざという時に使い物にならなくて」


「あなたは側にいてくれればいいの、みんなが戦ってら間体力を回復することが今の役目よ」

「はい」


 私は申し訳なさと、恥ずかしい気持ちが混ざりあってしまった。それを察してかカノン様が私の頭を優しく撫でてくれた。 


 あわわわわわ。


 シズル達と王国兵の戦いは一方的なものだった。ヨハン、ライオットの二人組が先陣をきって屠っている。 


 二人は息ぴったりの戦い方で肉を削ぎ、骨を断ち、敵を切断していく。後方では執事のエリオがサポートとして二人に様々な魔法を付与している。そのおかげで彼らは軽い攻撃ではくらっても傷一つ付いていない。


 シズルとミザリーの二人が、ヨハンとライオットがとりこぼした敵を屠る。 シズルはいつも通りの鮮やかな剣捌きで、ミザリーは素手だ。


 ミザリーの得物は拳法だったっけ。エリオによって身体強化も入ったミザリーは一撃で敵兵を沈めていく。


 このままいけば勝てる!! 誰もがそう思った時だった。


「《竜血樹》」


「ぎゃぁぁぁぁーーー」


 突如エリオの体に枝が巻きついた。じゅるじゅると音がし、エリオの顔が青ざめていく。


「早くそれを切り離しなさい」


 カノン様によって我に返ったシズルが枝を切る。だがその一瞬が命取りだった。解放されたエリオは全身から血を抜かれしわくちゃになって息絶えていた。

「そんな…」


「まずは一人……ですわね」


 聞き慣れた声がした。


「ローラ!」


  ローラは私を無視し、生きている事に驚いている面々にも目もくれない。


「ご機嫌いかがですか、カノン様」

「あまり良くはないわね、ローラ。あなたは随分とご機嫌ね。あなたも裏切り者の一人というわけ」


「まぁ、そういう事ですわね、皆さんやりなさい」


  ぞろぞろと出てきたのは帝国兵のだった。数はざっと三十人ほどだろう。中には見知った顔もいた。


「よう嬢ちゃん、二回戦目といこうか」


「今度は負けん」


  ダガーとヨロイの二人だ。あれだけ痛めつけたのにもう回復したらしいタフな奴らだな。


「お前らもそっち側だったのか」


  ヨハンが指差した方向にはマリウスとレヴィリオスがいた。 まぁマリウスはそうだと思ってた。


「まぁな」

「悪いな」


  マリウスとレヴィリオスは双剣を取り出した。彼等の得物らしい。しかしレヴィリオスはともかくマリウスは戦いに向いてない筈では。


 次の瞬間、マリウスとレヴィリオスが動いた。ヨハンがマリウスの剣を受け止め、ライオットがレヴィリオスの剣を受け止める。


「マリウス! お前実力を隠してやがったのか」

「騎士家ごときが、子爵の俺にお前とは何様だ教育してやるよ」


「カノン様! 俺とヨハンがこの二人を抑えます、ここは一旦逃げて下さい」

「あなた達はどうするつもり?!」


「俺たちも隙をみて逃げだします」

「簡単に逃げられると思うなよ!」


  レヴィリオスの攻撃の勢いが増した。ライオットに素早く剣を振るう。それを間一髪の所でかわす。ライオットも目の前の戦いに意識を向けたようだ。


 (くっ、まだ私も体力は万全じゃないけど戦わなきゃ)


 私が前に出ようとするのをシズルとミザリーが止めた。


「エトはカノン様をお連れして逃げなさい」

「ん。同感」


「そんなこと出来るわけ……」


「ここでカノン様とエトを戦わせるわけにはいかない、行け!!」


  珍しく強い口調でミザリーに言われ、たじろいでしまった。


「王族の命が最優先よ、行きなさいエト」


  私はカノン様を見る。カノン様はあなたが決めなさいと言っているようだった。


「分かった。二人ともすぐに来てね、死んじゃだめだよ」


  私が決意するとカノン様も口を開いた。


「シズル、ミザリー厳しい戦いになると思うけど、必ず四人で帰ってくるのよ」


「「はい!!」」


「作戦は決まりましたか、お姫様」


  ローラと帝国兵が来る!! 圧倒的な人数差による絶望的な戦いが始まろうとしていたその瞬間。


「いたぞー! あそこだ、カノン第一王女を守れー!!」


 王族側の兵士が、帝国兵と同じくらいやってきた。しかしその中にも近衛騎士団はいない。


「ここにも近衛騎士団がいないなんて」


  私が漏らした言葉にローラが答えた。


「あら、近衛騎士団は誰一人として生きてはいませんよ、彼らは猛毒で死んでいますから」


「「「なっ!!」」」


「それと貴方達の策略の一つということですか」


「えぇ、エトが死ななかったのは誤算でしたが。これで数は同等、さぁ行きますわよ」


「私とミザリーでローラを抑えます。他の者は帝国兵を前方の二人には気を付けて下さい」


「了解致しました。いくぞお前たち裏切り者の同僚に正義の鉄槌を喰らわしてやるぞ!」


「「「「おおーーー!」」」」


  シズル、ミザリー対ローラの戦いが始まった。私とカノン様は戦いが始まると離脱してその場を離れた。


 急いでティナ様の元へ向かう、後はカノン様達を抜け道から逃がすだけだ。


「いたぞ、あそこだ!!」


 不味い、前方から帝国兵達がきた。


 今の私で倒せるのだろうか?


 私が動こうとしたのをカノン様が止め、カノン様は左手を前に突き出した。


『凍れ』


  その一言で帝国兵達は全て凍った。一瞬カノン様の髪が白銀に染まったのは私の気のせいだろう。


「あのカノン様の固有能力って」

「ふふっ、秘密よ」


「は、はぁ」


 カノン様ってもしかしてめっちゃ強い?


 私はそんな事を考えながらティナ様の元へと向かった。

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