第26話 悲劇の始まり
「誰か! ――――誰か来て!」
悲鳴に近い女性の大声が聞こえて来た。 声がした方に向かうと既に大勢の人が集まっていた。
人の壁に阻まれて見れないので、ピョンピョン飛んでいると奥からカノン様が現れて道ができ、中を覗くことが出来た。
部屋の奥にはへたり込んだ女性とそれを介抱する男性、医者、救護班の人らしき方々がベッドに寝ている女性を診察したり、治癒の魔法をかけているのが見受けられた。 私はベッドに横たわっている人物に見覚えがあった。
「……ローラ?」
「ローラ……さん?」
「う……そ」
「………」
私の後にフリーダ、シズル、ミザリーが続いた。 私たちはカノン様に促されて部屋の中へと足を踏み入れた。
一歩踏み入れて分かった事だが部屋が独特の匂いに包まれている。 ここにいると気分が悪くなりそう。
ローラにしがみついて泣いている少女がいた、メリティナだ。 確か彼女はローラの右隣の部屋だった筈だ。するとへたり込んでいる女性の方は左隣の部屋の者だろう。
どちらかが先にローラを発見して今に至るという事か。
「なんでこんな事に。ローラさんが何をしたっていうの」
「メリティナ一度離れましょう。まだ死んではいないのだから」
カノン様が優しくメリティナの体をローラから離す。 私は少しローラに近づいた。 ローラはかろうじて息をしているようだ。だが呼吸は弱く速い。
すると私を見たメリティナが私に掴みかかった。 痛い。
「もしかしてエトさんがやったんじゃないですか? いつもの仕返しにと昨日のケーキにでも何か仕込んだのでしょ。 そうとしか考えられません」
「ちょっとメリティナ落ち着いて、私は何も……」
「うるさい! 人殺しは黙って下さい。私はローラさんから聞いたのです。自分の身に何かあったらエトさんを疑えと、その時はあまり深く考えていなかったですがこんな事になるなんて思っても見ませんでした。 この人殺し!」
ちょっとちょっと、こんな大勢の前で言う事じゃないでしょ。あぁ後ろを向くのが怖い。
「メリティナ落ち着きなさい、誰かメリティナを医務室まで連れて行って」
カノン様の指示で近くにいた男性が暴れるメリティナを抑え医務室へと連れて行った。 最後までメリティナは人殺しと罵り続けた。
「カノン様……」
「みんなは一度部屋に戻りなさい。私が行くまで勝手に出てきてはダメよ。他の方々も仕事に戻って下さい」
カノン様の一声でぞろぞろと使用人達が戻って行く。
カノン様は医者に目を向け、深々とお辞儀をした。私たちもそれに倣う。
「先生、後はお願いします」
「出来る限りの事はやらせて頂きます」
「えぇ、もう少ししたら、ポーションに詳しいものがくるから彼と一緒に治療にあたりなさい」
へたり込んでいた女性も脇を抱えられて部屋を出て行った。
私たちも部屋から退出する。 部屋から出る時に袖を掴まれた。ふりかえるとフリーダだった。
「あなたがやったの?」
「違う、私は何もしてない」
「……」
「……信じて」
彼女は無言で私を睨みつけると、彼女の部屋とは反対の方向に行ってしまった。 どこに行ったのだろう。
私はシズルとミザリーと共に部屋へと戻った。 途中、もの凄い勢いで走ってくる宰相を見かけた。
おそらく、宰相がカノン様に呼ばれたのだろう。
「助かるといいのだけれど」
私は知らぬ間に口から言葉が漏れていた。
◇◇◇
その夜、ローラ・フォン・アルティーが息を引き取った事が伝えられた。混乱を防ぐために、一人一人個別にカノン様から伝えられた。
その中でもメリティナが人一倍泣き叫んだという。 私への憎悪を込めた言葉ともに。
逆にフリーダはとても静かだったという。 フリーダが朝、部屋にすぐに戻らなかった理由も明らかになった。
彼女はローラが持っていた人脈とコネを使い、私がローラを殺したという噂を城全体に広めたのだ。
名目上は卑劣な行為によって命を落とされたローラ様の名誉の為にだ。
いかに私が卑劣なやり方でローラを殺したかを彼女は吹聴しまくっていた。
事情を知っているものが騒ぎを聞きつけてフリーダを取り押さえ、フリーダは一日禁固刑が命じられた。
まだ黒と決まってない人を黒と断定するような言い方で話を広めたのだ。罰を受けて当然だ。
今頃、何もない部屋に閉じ込められている事だろう。
でも彼女がした事は無駄ではなかった、その日のうちに噂は広まってしまったのだから。
「私、どうなるんですか? 捕まって罰を受けるのでしょうか?」
「何もしていない人を捕まえたり、罰を与えたりしないわよ」
「カノン様はどう思ってるんですか、カノン様も私のことを疑って……」
「エト。……私は、何があってもあなたの味方よ。必ず私が犯人を見つける。だから安心して」
「カノンさまぁ〜〜〜!」
「ふふっ、だからもう少しだけ待っててね」
私はカノン様と会う前、陛下から呼び出され数日の謹慎を言い渡されていた。 それは案に私が犯人だと言われているようなものだ。
陛下からも、疑われているのだろう。
そんな中、カノン様は私のことを信じてくれている。人に信頼される事がこんなにも嬉しく心強いものだとは知らなかった。 私は少し落ち着きを取り戻せた。
どうやら知らぬ間に、心臓の鼓動が速くなってしまっていたらしい。これでカノン様の答えが違っていたら私は一体どんな風になっていたのだろう……ううん、変な想像はよそう。
「私は暫くここには近づけないわ……何かあったら外に騎士が常駐しているから頼んでね。用意できるものは何でもするから」
「はい、ありがとうございます」
外に騎士か、完全に見張られてるな。 でも私は悪い事は何にもしていないんだ堂々としていなきゃ。
◇◇◇
夜中、私は誰かの気配を感じて目を覚ました。 何者かが部屋に入ってきたようだ。
「んんっ。誰?」
暗くてぼんやりとしか見えない、男の人? それも二人。 私はなんだか嫌な予感がして大声で助けを呼ぼうとした。 見張りの騎士は何してるんだよ。
だが瞬時に口を押さえられ、両手首をつかまれ、頭の後ろに縛り付けられてしまった。
私は寝ぼけて、体がまともに動かなかったせいで抵抗出来ず、ベッドに固定されてしまった。
「〜〜〜〜んん!!」
男は口を押さえつつ、バタバタ暴れる私の足を抑え、もう一人の男が布で口を塞ごうとしてくる。
その時ハッキリと顔が見えた。 この人達、私の監視役の騎士だ!
私は体を動かして必死に暴れる。
「待ちなさい」
その一声で男達の動きが止まった。
暗がりから、顔をみせたその人物は見覚えのある女性だった。いや、見間違うはずもない。
「え、
「その情報は古いわね、紛れもなく私は生きているわよ」
やっと目が暗闇に慣れてきた、確かにどこからどう見ても平時の姿そのものだ。 カノン様が私に嘘をついた? いやそんなはずはない。
「カノン様は嘘なんかついてないと思うわよ、私が生きてるなんて知らないから。 ふふ、それにしても無様な姿ね」
ローラはベッドに縛られた私を見て言った。 お前が命令したんだろうが。
「ローラが全て仕組んだの? 私を陥れる為だけに」
「自惚れないでちょうだい。あなたは計画のついでよ、悪意のこもった目で見られることがどんな風か経験させたあげただけ。あなた達、その子を好きなように嬲っていいわよ。だけど殺したりはしないでね、仕上げはフリーダのものなのだから」
「「はい、承知しております」」
今、なんて言った。私を好きなようにしろと、フリーダが私を殺すと言ったの。
嫌だ嫌だ嫌だ、こんな奴らに身体を触られるのも嫌だし、殺されるならカノン様に殺してもらいたい。
「もう声を上げてもいいわよ、部屋に遮音魔法をかけたから」
「そんな……」
「安心しなさい、あなたがそこの男達と楽しい夜を過ごしてる間に全てが終わりこの国は生まれ変わっているから」
「……それはどういう意味?」
「さて、どういう意味でしょうね」
それだけ言い残すと彼女は部屋を出て行った。 たぶんカノン様が危ない、いや王族達の命が危ない。伝えなきゃ何としてでも。
部屋にはベッドに仰向けに縛られた私と、ニヤニヤしながら私の服に手をかける男達が残った。
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