第3話 家族との時間

 私は部屋で着替えを終えると、お父様の待つ部屋に向かった。


 今日もメイドが、あちらこちらで忙しそうに働いている。 


「今日もお疲れ様。お仕事頑張って下さいね」


 私が一言いうと、お嬢様も勉強頑張って下さいねと口々に言われた。 


 いや、結構頑張ってるよ。魔術とか魔術とか魔術とか、あれ魔法の時しか頑張ってない? 


 そんな事ないよね。


 居間に入ると、お父様がソワソワしながら年季の入った椅子に腰掛けていた。


「お父様。ただ今魔法の授業から戻りました。お父様の方は、今日の仕事は終わったのですか?」


「あぁ、愛する娘の為にお父さん仕事を早めに終わらせてきたんだ。少しでも早くエトに会いたかったからね」


 それに先生から聞いたよと嬉しそうに話し始めた。


「魔力の扱いが順調に上手くなってるんだってな。この分だと選考会の日に十分な実力をつけられると言っていたぞ」


 自分の事のように、嬉しそうだった。


  私の家は、物においても貴族らしい物が少ない。普通は壁に絵をかけたり、キラキラ光る物で一杯なのだが、両親がそういうのは嫌いなので殆ど置いていない。


 強いて言えば、口調くらいなものだ。


「先生は、もうお帰りになられたのですか?」


「あぁ。彼は、次の仕事があるからと言って先程出て行ったよ」


 そうか、帰ったのか。余計な挨拶をしなずに済んだのはいいことだな。 


「それは残念です。最後に一言お礼を言いたかったのに」


「先生も忙しいんだよ、なんせ色々な人達から家庭教師の依頼が来てるみたいだからね。みんなドラゴンを倒した凄腕冒険者の教えを受けたいのさ。さらに教え方が丁寧で、上達しやすいときた、上位貴族の間では大人気さ」


 なんであいつばっかり、と小声で言ったような気がした。


「お母様は、いつ頃戻られるのですか」


「アメリアは夕食までには戻れるみたいだよ。やっぱり食事は家族揃って食べないとね」

 

 私の家では家族揃って、食事をするのがルールだ。 私もそれには賛成している。


 なんせ、その時が一番安心するからだ。両親は元々冒険者上がりで一度大きな成果を出した事による成り上がりの貴族だと聞いた。


 だから血を重んじる従来の貴族からは、やっかみを受けることが多い。隙を見せればすぐに喰われる世界なので、私も両親も外面を作るのに必死なのだ。


 そういえば、私が王女様に選ばれるにしろ選ばれないにしろ、この家は誰が継ぐのだろう。


 私には兄妹いないし。そもそも男が家を継ぐものだからなぁ。


 私は、思いついた疑問を聞いてみる事にした。


「私が王女様のメイドになったら誰がこの家を継ぐのですか?」

 

 あれ、お父様固まっちゃたよ、ストレートに聞きすぎたかな。


 そう思って訝しんでいると、急に目に涙を浮かばせた。


「あぁ〜愛しいエトよ。君は自分の事よりも我が家の事を考えてくれるんだね。心配しないで、元々成り上がりの貴族は、基本的に一代で終わる事が多いんだ。だから気にしないで行ってきなさい」


  いや、なに嫁入り前みたいなこと言ってんだよ。 前から思っていたが、親バカだよなまったく。

 嬉しいけども。


 私は暫くの間、お父様と談笑した後、自習しに戻るねと言って居間を出た。 


 出る時に、もうちょっとだけ話そう的な、顔をしていたが、気付かないフリをしてニッコリ笑って後にした。


 部屋を出た後、何やらぶつぶつ先生に対して言っていた気がするが、恐らく私の気のせいだ。そういう事にしておこう。






       ◇◆◇◆◇



「お嬢様。夕飯の支度が出来ましたので、リビングまでお越し下さい」


  メイドが呼びに来たので、適当に返事をしていそいそと向かう。


 部屋で何をしてたかって? 自習という名のサボりですよ。


 リビングに入ると、お父様もお母様も先に座っていた。


 並べられた食事は至って庶民的なものだ。だがそれでも市の者とは違い、毎日米を食べる事ができる。


 この国の食事は、パンやスープにおかずが付けばいい暮らしをしている方だ。 


 酷い人は毎日パンだけの人もいるし、食べられない人もいる。 


 一昔前は庶民も含めて米だったのが、隣国である帝国と仲が悪くなり一方的に貿易をしてもらえなくなったのだ。 


 恐らくそれが原因だろう。


 勿論貿易が出来なくなったとしても国土が広いので、十分に自給自足出来るのだが……庶民には顕著に影響が出てしまっているようだ。



 いやーマジで農家さん感謝ですわ。貴方達のおかげで暮らしていけてるんですから。


 もちろん王が何も政策を行わなかったわけではない。 


 平民や商人に対する税を下げて、その分を貴族から多めに貰うことで経済を回そうとした。


 でもそれは、一部の貴族に反発されて失敗に終わってしまったみたいだけれど。


 野菜たっぷりの熱々のスープをフーフーと冷ましながらそんな事を考えていた。


 パクッ。うん、おいしい!

 ウチの料理人は最高だね。


 暫くもぐもぐ、ムシャムシャ食べているとお母様が口を開いた。


「そういえばエト。ネルミスターさんの所のシズルちゃんも、選考会に出るらしいわよ。ふふ、もしかしたら二人揃って選ばれるかもね」


  楽しそうに母は言った。


「えっ、シズルちゃんも選考会に出るの?! 待って、待って、私そんな事を聞いてない!」


  ハッ しまった。つい素が出てしまった。


「今日のお茶会で、ネルミスター夫人から聞いたのよ。なんでもあなたを驚かす為に黙ってたみたい」


「シズルのお母さんから聞いたんだ。でもそれを今私に言ったらダメだったんじゃない?」


「えぇそうね。黙っといてねと言われたのだけど、ついうっかり言ってしまったわ」


  絶対わざとでしょ。まぁ、こういうお茶目な所も好きだけどね。


「それでね、明日ウチに来ないかと言われたのよ。エトも明日は家庭教師の日ではないし行くでしょ?」

 

「うん、行く行く! 今からもう明日が楽しみだよ」


「父さんはいっちゃダメ?」


 子犬の様な顔をした父さんが話に入り込んできた。


「あなたは仕事でしょう」


「お父様は仕事でしょ」


  途端にしょぼくれてしまい、きっと耳があったら垂れ下がっていただろう。




 ◇◇◇


 食事を終え、風呂に入り寝巻きに着替えると「おやすみなさい」と言って私は部屋に戻った。


 父さん達はまだ遅くまで仕事をするだろう。 あんな事を言っていても二人とも真面目だからな。


 柔らかいベットに潜り込み、明日の事に思いをはせる。


 何をして何を話そう。アレもしたいコレもしたいと考えていたら脳が興奮してしまい、結局朝方まで眠れなかったのは言うまでもない。

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