閑話 先生として

「では、雷系魔法の一つである小雷撃を撃ってみてください」


 そういうと彼女は、二十メートルほど離れた距離にある練習用の的を狙って「《小雷撃ショックボルト》!」と力強く唱えた。


 雷は乱れる事なく、正確に的に命中した。


 的はジュウジュウと音をたてて、燃え上がっている。暫くすると燃え尽き、灰となって庭にこぼれ落ちた。


「どうですか先生? うまく制御出来ていたと思うのですが……」


 エトはうつむきがちに顔を上げる。 


 その表情はとても不安げで、つい守りたくなってしまうような愛らしさがあった。


「よく制御出来ていたと思いますよ。それにお嬢様の場合、雷系の魔法は固有能力によって補助されていますので一般の雷撃よりも威力が出ていました。やはり固有能力が雷という事で、雷系の魔法がお得意のようですね」


 そういうと途端に、嬉しそうな顔になった。


「本当ですか先生ありがとうございます!! 小さい頃から雷系とかが好きで、独学で魔法を使っていたんですよ。でもその分、他の魔法が全然出来ないんですけどね」

 

 たははっと、彼女は苦笑いした。 


 彼女に足りないものは、恐らく自信だろう。


 他の魔法が出来ないと言っているが、貴族の中でも平均くらいには扱えているし、雷系統の魔法を加えれば、平均よりは高くなるだろう。


「お嬢様の強みは、雷を自由に扱えるという事にあります。言い換えればお嬢様の想像でなんでも出来るのですよ」


 すると少し黙って何かを考えている。次に何かを思いついたような顔になり


「何でもという事は……ドラゴンが使うような雷もだせるのですか?」


  中々スケールの大きい事を聞いてきた。


「一般に雷竜の使う雷は、一度放つだけで地形を変えてしまう程の威力があります。もし使えるようになっても街で撃ってはいけませぬぞ」


  そんな心配は、全くしていないが、遊びで撃たれても困るので、一応釘を刺しておく。


「もう、先生! そんな事はしませんし、それに実際に見てみないと想像もつきませんよ」


 柔らかそうなほっぺを、プクッと膨らませて腰に少し手をあて、いかにも怒ってますよと体現していた。


 だが反面、口調は普段と同じで柔らかい。


「そんな事はしないと、先生も最初からわかっていますよ」


「先生ったら、これだからお父様にお調子者と言われるのですよ」


「ハハハッ。歳をとってもこればかりは変わらないのですよ。若い頃はそのせいでパーティー仲間に可哀想な目で見られる事もあったのでね」


「先生はお父様と五歳しか違わないですし、まだまだ若いじゃありませんか」


 それに、と彼女は付け加えた。


「先生は……ドラゴンを倒した事があるのですよね?」


「えぇ、一度だけですが。魔力の密度が高い山にある集落で今までは、洞窟の奥で大人しくしていたドラゴンが、急に暴れ出したと連絡を受けた冒険者ギルドが編成した討伐隊の一人でしたから」


「その……やっぱり竜は凄く強かったですか?」

 

「もちろん。戦いが終わる頃には、三十人の上級冒険者の内生き残ったのは七人でしたからね。その時にパーティーメンバの一人を失ってしまいました。私を含めて、みんな暫くの間は泣き続けましたよ」


 あの頃の私はまだ若かった。最後の一撃の時、私が前に出過ぎていなければ、彼を失わずに済んだのに……。


 暫し思いにふけって彼女を見るとフルフルと震え、目元に涙が溢れていた。


「先生、先生! ごめんなさい嫌な思い出を思い出させてしまいましたね」


 涙ながらに言ってきた。


「お気になさらないで下さい。私も皆も、仕方のない事だったと受け入れましたから。それに生き残った七人は、ドラゴンを討伐して集落を守った褒美に貴族になれる権利が与えられたのですよ」


「ならどうして先生は、貴族になってないんですか? 権利を貰ったのですよね」


「私は貴族なんて、面倒なだけだと思い辞退しただけですよ。あぁ失敬。貴族であるお嬢様の前で話す話では無かったですね」


 でも例外もあるんだよなぁ。


「それに貴族になった者には、これで楽に暮らせる〜。とか言ってた人がいたんですよ。私のパーティーメンバの生き残りの四人のうち二人は、貴族になり、そのまま結婚しましたしね。貴族にならなかったのは、私ともう一人のパーティメンバーで、二人だけが辞退したのですよ」


 そこで手元の砂時計を見る。

 もう終了の時間だな。


「そろそろ終わりの時間ですよ、旦那様が今か今かと居間でお嬢様の帰りを待ってらっしゃると思うので、一度着替えてから行くのがよろしいかと」

 

「そうですね。では私は先に失礼させて頂きます。今日はありがとうございました」


 彼女は、綺麗な動作で淑女の礼をして、肩まで伸びた、美しい緑色の髪を揺らしながら、お屋敷に戻られていった。



 さて、私もお嬢様様が来るまでに、旦那様と選考会についての話をしに行かねばなりませんな。と彼は庭を後にした。


◇◇◇


「失礼します、旦那様。入ってもよろしいでしょうか?」


 私は、旦那様がいる執務室を叩いた。


「入って構わないぞ」


「では失礼します。この度は私を家庭教師に選んで頂きありがとうございました、つきましては……」


 そう言ったあたりで、待ったをかけられた。


「お前、毎回来るたびにそれ言うよな、何、嫌がらせなの? 嫌ならいいんだよ。可愛いエトには別の教師を付ければいいんだから、それにここでは、誰も見てないんだから。昔と同じでいいんだよ」


「悪かったなぁ。つい癖で言いたくなっちまうんだよ」


「お前、その悪い癖早く治せよな」


「ハハッ。娘にも似たような事いわれたぜ、本当そっくりだな」


「当たり前だ。エトはメチャメチャ可愛くて聡明なんだからな、オマケに固有能力も強力で引くてあまただ」


 小声で誰にもやらんけどな、と付け加えていた。


「まぁ顔はお前に似なかったみたいだがな。どうみてもアメリア似だな」


「あぁ、アメリアも娘も可愛くて僕は幸せだよー」 


 口元が緩んでデレデレし出した。 


 コイツこんな奴だったかな、まぁ子供が生まれると変わるというしそんなもんなのか。


「ところでジル。真面目な話に移るがエトちゃんは順調に上達していってる。このぶんだと選考会までには間に合うと思うぞ、そっちはどうなんだ裏は取れたのか?」


「あぁ。僕の方も調べた結果裏の取引は、起きてない筈だ。純粋に王女様に選ばれたものがメイドになれる」 


「そっか……なら安心だな、エトちゃんなら必ず選ばれるだろうさ」


「当たり前だろ、僕とアメリアの子なんだから」

 

「それは関係ないと思うが……まぁいいお前、エトちゃんに自分がドラゴン退治の一員だった事言ってなかっただろう。どうしてだ?」


「あぁそのことか……単に言う必要がなかっただけだよ。お父様はドラゴン退治したんだよー。凄いんだからとか自慢したくないからね。それに仲間も失ってしまった」


  そう言うジルは悲しそうな顔をしていた。


「そうだな……俺はそろそろ行く。アメリアはいないのか?」


「彼女はネルミスター家、主催のお茶会に参加してるからいないんだよ」


「そうか、アメリアも忙しいんだなぁ。貴族にならないで正解だった」


「楽に暮らせると思ったのに、冒険者時代よりも忙しいよ」


  自嘲気味にジルは言った。


「自業自得だろう、全く。そろそろエトが居間に来る頃だ。迎えにいってやれ」


「あぁそうしよう、また今度三人でゆっくり話そうね


「お前……今、絶対馬鹿にしただろう」


 こっちだってやりたくて教師をしてるわけじゃないんだからと言ったが、僕は今からエトに会いに行くんだから邪魔者は帰った帰ったと部屋の外に出されてしまった。


 仕方なく馴染みのメイドに挨拶した後、まだ太陽が真上を照らしてる中、次の仕事に向かうのだった。


 

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