第9話 「探索者の流儀」⑨

「どこ、っていうか、鉄砂漠の真っ只中だけど、」

「鉄砂漠? の、中?」

 なんにもわかりません、という顔をするナナツキ。

「覚えてないん?」

「ん〜?」

「なんにも?」

「ん〜?」

 ナナツキは顎に人差し指を当て、何やら難しい顔をして考え込んでいるが、問いかけに対する反応が適当すぎて、これは絶対無理だな、と傍で見ているエンジュでもわかった。

 自分の名前も思い出せなかったくらいだし。

 ナナツキは首をぐりんぐりん捻り、

「なにかね、とても大事なことを忘れている気がするんだよね……。えー、なんだったかな?」

「とりあえず君は、その箱の中に入ってた。んで、ここからあっちの方にずーっと行ったところにある「島」の中に埋もれてた。それをおれが見つけてきた」

「私、この中に入ってたんだ? なんでかな?」

 ナナツキは、自分がちょこんと座り込んでいる箱をキョトキョトと見回す。

 エンジュは呆れ返った。

 この箱に入ったことさえ覚えていないとは。

「……中の機械壊れてんのかな」

 そうとしか思えない。

 エンジュがつい漏らした呟きを、ナナツキは耳聡く聞き逃さなかった。

「あ! 今壊れてるって言ったよね私のこと! なんて失礼なっ。いじめだよ差別だよ言葉の暴力だよっ」

 ぷんすか怒り出す。

 これほどまで豊かな感情表現をするロボットをエンジュはこれまで見たことがなかった。

 ちょっと反応に困りつつ、

「いやだって、自分の名前さえ覚えてなかったし、絶対どっか壊れてるでしょ」

「違うよっ。これはただの記憶喪失っ」

 記憶喪失にただのもただ事じゃないのもあるのだろうか。エンジュは、何言ってんだこいつ、という顔をしたと思う。

「それって要は壊れてるってことじゃん。ロボットなんだから」

「ロボット? なに言ってんのエンジュくん。私はれっきとした人間なので」

 今度はナナツキの方が、なに言ってんのこの人は、みたいな顔をしやがったが、それはそっくりそのまま返してやりたかった。エンジュは呆れ果てて言葉もない。かろうじて、

「……いや、自分の身体見てみて」

 それだけを言った。

 ナナツキは不審げに眉をひそめながら、機械が剥き出しの肩や人間の皮膚ではない手足をぎこちない動きで確認してから、顔を上げた。

 これでわかっただろ、とエンジュは大人気もなく勝ち誇った。

 ナナツキはこれっぽっちもわかっちゃいなかった。

「これは、こういう人種なの、私は」

 エンジュは目が点になった。

 構わずナナツキが奇抜すぎる解釈を展開する。

「エンジュくんはアジア系だよね? ほかにもアングロサクソン系とかアラブ系とかいるし、過去には草食系なんていう人種もいたみたいだよ。っていうことは、私みたいな人種もいたに違いないよね! そうだねぇ、言うなれば私は、装飾系って感じかなっ。色々と付いてるし」

「……あー、わかった。もうわかったから」

 エンジュは心底どうでもよさそうにそう言ってから、

「やっぱり壊れてるね。間違いなく。完璧に。どうにもならんほど」

 ナナツキが眉根を寄せて目を細めた。

「……怒るよ。ほんとにっ」

 どうやら本人(?)は睨んでいるつもりらしいが、お子様程度の迫力しかない。

 エンジュは余裕の態度で、

「好きなだけ怒ってどうぞ。とりあえず、売ることにしたし」

「――ん? 売ることにしたってどういう、ってちょっ、ちょっ、なん、なにするの!?」

 エンジュが閉めようとした箱の蓋を、ナナツキはすんでのところで止めて押し返した。

 エンジュはなんでもなさげに、

「何って、ふた閉めて街まで運んで、そんで君を売る。中身が壊れててもまあいい金にはなるだろうし」

「売るって私を売るってこと!?」

「うん」

「それは、アレだよ! なんだっけ? ドレイ商人? ヒトミゴクウ? じゃなかった。そうっ、人身売買! 犯罪だよ犯罪! 鬼畜! 人でなし! ドレイ商人!」

「うるさいからバラして売ろうか」

「ぎゃあああっ! ごめんなさい!」

 ナナツキはあたふたと箱から出て逃げようとするが、全身が錆び付いているのか情けないほどぎこちない動きで、箱から出るのもままならない。

 その様子が面白いのでエンジュが黙って見ていると、ついに逃げるのを諦めたナナツキは再びエンジュの方に向き直り、泣きついてきた。

「バラバラにするのは勘弁をぉ〜。売るのも、どうか許してくださいぃ〜」

「んー、どうしようかな」

「手伝いますっ。エンジュくんの仕事を手伝いますのでどうかお願いしますぅ」

 深々と頭を下げるナナツキが超絶技術で造られたロボットだと思うと、なんだか悲しくなってくる。

 しかしエンジュは意地悪だから、もう少しいじる。

「でも手伝うっつっても、そんなぎこちない動きじゃ何もできんでしょ」

 ナナツキがガバっと顔を上げた。

「油を! 油をください! 油を飲めばちゃんと動けるようになりますっ!」

「それもうやっぱロボットじゃん」

「そういう体質の人間なんです! 私は!」

 未だにしつこくナナツキはそう主張する。

 エンジュは半ば諦めたように、

「まあ、もうどっちでもいいし……。油ね、はいはい」

 脚付き四輪の荷台に歩み寄るエンジュの背中に、ナナツキは思い出したように声をかけた。

「あ、油はできれば上質なやつでお願いしますね」

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