第8話 「探索者の流儀」⑧

 最初の驚きが通り過ぎると、今度は別の驚きがじわりとエンジュの思考に広がっていった。

 身体の動きには危なっかしいほどのぎこちなさがあるものの、このロボットの表情や反応はまるっきり人間のそれだった。

 このロボットは、思っていた以上にとんでもない技術で作られたものに違いなかった。

 エンジュが我を忘れて見つめ続ける先で、ロボットは二度、三度と瞬きしたあと、ちょっと照れたような表情を浮かべた。

「……あの、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいんですけど……。私の顔になにかついてます?」

 エンジュははっと我に返った。

「ああああ、いやいやいや何でもないですなんでもっ。えっと、そうだ! おれ、エンジュ。シーカーっす」

 誤魔化すように慌てて名乗る。

 ロボットはぱっと笑顔になり、

「エンジュくんってゆーんですね! よろしくおねがいします! 私は――――――……。あれ?」

 ロボットは笑顔のまま固まり、こてっと首を傾げる。

「……私の名前、なんてゆーんでしたっけ?」

「へっ?」

 素っ頓狂な声が漏れた。

「自分の名前、覚えてないん?」

 ロボットは笑顔を貼り付けたまま困り果てるという器用な表情を作り、

「……私の名前、思い出せません〜。なんでしたっけぇ〜?」

 頭を抱えて涙声で訴え、ついにはエンジュに、

「あのぉ、出会ったばかりで恐縮ですがぁ、私の名前知りませんかぁ〜?」

「いやいやいやいや」

 エンジュは物凄い勢いで首を横に振る。

 自分で言った通り、出会ってばっかりのエンジュにこのロボットの名前なんてわかるわけが

「――あ」

 思い出した。

「そういえば、その、首の後ろのとこに、なにか文字みたいなのが」

「ほんとですかぁ!?」

 ロボットの表情に笑顔が弾けた。そのまま、何を思ったかくるっと振り返り、「……」しばし停止、今度は反対側に「えいっ」と首を回す。その状態でしばらく意味不明の努力をした後、

「……って、自分じゃ見れないじゃないですかぁ!」

 このロボットは本当に大丈夫なのだろうか。エンジュは今更ながら不安になってきた。

「んーっと、おれが、その文字を書き写せばいいんだよね?」

 ロボットは口を真ん丸に開いてぽんっと手を打ち、

「それっ! 採用っ!」

 ビシッ、と効果音が出そうな勢いでエンジュを指差した。

 エンジュはポケットのひとつから紙片とペンを取り出してロボットの後ろに回り、首の後ろの端子の蓋に書かれていた文字を書き写した。

「はい。こんなの」

 ロボットに見せる。

「ありがとうございます! えーっとどれどれ? ……H、R、R、I、5、004、エヌエーエヌエーティー……、ナ、ナ、ツ、キ」

「ナナツキ? それが名前?」

 エンジュが問いかけるのも半ば無視してロボットはひとり喋り出す。

「ナナツキ……、そう、ナナツキですよ! 私の名前! たぶんナナツキでした! ってゆーかナナツキにします! どーも、ナナツキです! よろしくお願いします!」

「あ、はあ」

 なんだかよくわからないうちに、ロボットはナナツキという名前に決まった。

 ロボット――ナナツキはにっこにこ顔で、

 「いやぁ、名前も見つけていただいたし、美味しい電気もご馳走になったし、エンジュくんにはお世話になりっぱなしですねぇ。なにかお返しをできればいいんですけど」

「あー、いーよいーよそんなのは。大したことじゃないし」

 それに、いざとなればナナツキを売ればいくらでもお釣りが来る。

「……っていうか電気に味なんてあるんだ」

「ありますとも!」

 エンジュのふとした呟きに、ナナツキが食いついた。

「電気の作り方で味って変わるんですよ! 例えば原子力だったら、ちょっとピリピリします。放射線の影響ですかね? 水力はとっても柔らかいです。私の好きな味のひとつですね! 火力は濃いです。いつも火力だとくどいですけど、たまに欲しくなる味ですよぉ。エンジュくんにいただいたのも火力に近い味でしたねぇ。久しぶりなので、すっごく美味しく感じました! わかりません?」

「……いや、残念ながら」

 エンジュは気圧されたように身を引いた。

 ナナツキは拍子抜けしたように、

「そうなんですか? まあ、私、味には少しうるさいんで、わかる人にはわかるってやつですかね?」

 そんなことを得意げな顔をして言う。それからナナツキはなんの脈絡もなく周囲を見渡し始め、

「――あの、ところで、ここってどこですか? 私はなぜここに?」

 今更な質問を口にした。

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