第7話 「探索者の流儀」⑦

 エンジュは深い納得と大きな驚きに目も口も真ん丸になった。

 ロボット自体は確かに発掘されることもある。ただしそれは一生に一回あるかないかくらいには希で、エンジュも父がまだいた頃に一度見つけたことがあるくらいだ。それもロボットの一部だけで、見つかるのはそのほとんどがそういった一部分ばかりだ。形が保たれているロボットなんて、父でさえ見つけたことはなかったはずだ。

 だというのに、

 エンジュの目の前にいるそのロボットは、完璧な状態に保たれているように見えた。

 しかも、完全な人型。

 いつの間にかエンジュは、そのロボットのそばで覗き込むように見ていた。

 ここまで完全な人型ロボットは、エンジュでさえ見たことも聞いたこともなかった。特にその顔は人間と見分けがつかない。触れれば柔らかそうな頬も、投光器の光を反射するほどツヤっつやな黒髪も、しっとりと湿っているようにさえ見える唇も、人間そのものだ。目を瞑ったその顔立ちは、うっかりすると見入ってしまいそうになる。ロボットだから期待はしていないが、元気いっぱいな笑顔が似合いそうだな、とエンジュは密かに思う。

 エンジュは我に返って近づいていた顔を離した。

「一旦落ち着こう」

 エンジュはそのロボットの全身を照らしながら考える。

 全体が完璧に残ってて、見たこともない人型で、しかもちょっと――いやかなり可愛いこのロボットは、売ればどのくらいになるだろうか。目も眩むほどの高値は付くはずだ。もしかしたら都市船に家を買えるくらいはするかもしれない。ふと思う。

「……これ、動けばもっと高くなるんじゃね?」

 間違いない。

 どこかに起動スイッチみたいなものはないかと、エンジュはロボットの全身をじっくりと照らしていく。「見た目が女の子だからなぁ……」聞く者もいないのに言い訳のように呟く。ベタベタといじくり回すのは流石に躊躇われた。そうでなくとも、眠っている女の子をジロジロと眺め回しているような絵ヅラになっているのだ。誰かに見られたら言い訳もできない。

「――あ、これはもしか、」

 髪を指先でそっとずらして隠れていた首の後ろを露にすると、そこにはいかにもな感じの四角い部品がくっついていた。横長で、指一本分ほどの大きさ。金属製っぽい。なにか文字らしきものが刻まれている。この辺で使われている文字に似てなくもないが、残念ながらエンジュには読めなかった。

 悩んだのもほんの一瞬で、とりあえず押してみた。

 ぱかん、と空いた。

「あれ、スイッチじゃないんか。 ……これは」

 よくよく観察すると、そこは何かを接続できる端子のようだった。

「これならいけるかも」

 エンジュは脚付き四輪に取って返し、荷台の上にある工具箱の中を漁る。探索をしていると、旧時代の電子的な機械類と出くわすこともままある。そういったときのために様々な種類のコードの類を常備しているシーカーもいて、エンジュもそのひとりだ。操作とか中身の情報をいじることまでは専門家ではないエンジュにはできないが、脚付き四輪のバッテリーから送電して生きているかどうかを確認することくらいなら出来るのだ。

 このロボットも、電気を送れば動くかもしれない。エンジュはものすごく単純にそう考えた。

「これかこれかこれっぽいな」

 いくつものコードの中から合いそうな三つを選び出してロボットの端子にはめてみる。二つ目ではまった。反対側を脚付き四輪のバッテリーと繋いで、早速エンジンを掛けてみる。

 スターターをキック。一発でエンジンが掛かる。ギアはニュートラルのままエンジンを吹かす。

 いきなりだった。

「ごちそうさまであ痛っ!?」

「うわぇああっ」

 変な悲鳴が出た。脚付き四輪から転げ落ちた。

 エンジュは痛みを感じるのも忘れて立ち上がり、脚付き四輪越しに箱を見守る。中でもぞもぞと動く気配。いやが上にも緊張と警戒心が増し、じわりと湿った手で脚付き四輪のハンドルを無意識の内に握る。そして、

「よ、い、しょっと」

 出来損ないの操り人形みたいなぎこちない動きで、ロボットはゆっくりと身を起こした。「あ〜、痛かった」あっけらかんと頭をさすり、首の後ろに繋がれたコードに気づいて「えいっ」と無造作に引き抜く。そのコードの先を目で追って、

 エンジュと目が合った。

「わあっ!?」

 どことなく間が抜けたような驚き方だった。

 ロボットは大きく開けた口をそのままに、

「あ――――、美味しい電気をくれた方ですねっ。どうもごちそうさまでしたっ」

 ぺこり、と頭を下げた。

 さっきまでの緊張と警戒心は跡形もなく霧散し、エンジュは半ば呆気に取られたように思わず、

「あ、いえ、どういたし、まして?」

 と返していた。

 エンジュはロボットの顔を惚けたように見つめたまま目が離せない。

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