第6話 「探索者の流儀」⑥
◇
半日くらい走った。
巨大な履帯船と「島」は地平線の彼方にとうに消えた。
エンジュはそれでも飽き足らず、辿り着いた先の「島」とも呼べない構造体の残りカスの陰に隠れて一時間以上じっとしていた。
エンジュを追いかけてくるものは、影も形もなかった。
ここまでやれば、流石にもう大丈夫だろうと思う。
エンジュは用心深いのだ。
ただ単に、ビビりすぎだとも思う。
しかしながら、相手はあれでもこの辺で一位、二位を争う大シーカー集団だ。用心に用心を重ねてもしすぎることはないはずだった。
周囲の輪郭が闇にぼやけつつあった。
「……あんまり暗くなるのもそれはそれで問題だしな、」
エンジュは癖のように独り言を呟くと、投光器を片手に箱を調べ始めた。開閉部の隙間を丹念に覗き込み、
「んー……、見る限り、ロックは掛かって、なさそう、だな、と、」
投光器を脇に置いて開閉部の出っ張りに両手をかけ、
「開かない、かな――おわっ!?」
思いっきり引っ張り上げた途端、思いの外簡単に開きエンジュは勢い余って尻餅をついた。
「……いっつつ、こんな簡単に開くとは思わんかった……、おーいて」
ケツをさすりつつ立ち上がり、箱の中を見た。
本当の衝撃はここからだった。
「――どわぁぁぁぁぁっ!?」
エンジュは文字通り飛び上がり再び尻餅をついて箱から逃げるように必死に後退った。「ま、まじか、まじか……」と震える声で呟き、酔っぱらいのような不器用さでよろよろと立ち上がる。尻の痛みを感じている余裕さえなかった。
エンジュはしばらく呆然とその場に立ち尽くした。
今いる位置からでは、箱の中身は死角になって見えない。
その「中身」は一体どういうことなのか、どうすればいいのかが、あまりのことに鈍った頭では全くわからなかった。
とはいえ、いつまでもこんなところで思考停止している場合ではない。とにかくなんとかしなければ、ただその思いだけでエンジュは恐る恐る箱に近づいて中を覗き込んだ。
そこにあったのは、
人、だった。
「……やっぱ、死んでるよね、これ?」
誰にともなくエンジュは呟く。
普通に考えれば当然だった。あんな人知れぬ「島」の地の底のような奥深くのさらに大量の瓦礫の下からこの箱は見つかったのだ。この「中の人」がこの箱に入ったのは数年前では済むまい。大穴の底にあった瓦礫の山が元々その上の構造物だったとするならば、少なくともこの「中の人」はあの大穴ができた時かそれ以前に箱の中に入ったことになるはずだ。普通に考えて、今まで生き存えているわけがなかった。
現に、この「中の人」は、エンジュの方を向いて横向きに身体を丸めた体勢のまま、ぴくりとも動かない。
のだが、
エンジュは怪訝そうに眉をひそめる。
「……でも、なんか……?」
おかしいのだ。
それはもう明らかだ。
その「中の人」は、途方もない年月が過ぎているはずなのに、腐ってもなければミイラ化もしておらず、ましてや白骨化さえしていないのだ。
信じ難いことに、その当時のままの姿を保っているようにさえ見えた。
この箱ってそこまで保ってくれるもんか? とエンジュは半信半疑で投光器を拾い上げ、その「中の人」を照らす。
「中の人」は女の子であることがひと目で分かった。それも、エンジュと同じくらいの年頃であることまでしっかりと判別できる。その顔色は生きている人そのもので、その安らかな表情は眠っているだけだと言われれば信じてしまいそうなくらいだ。とても死んでいるとは思えないのだが、しかし、こうしてじっと見ていればわかる通り、その女の子は明らかに呼吸をしていない。
少なくとも、この女の子は生きた人間ではないのだ。
「――って、もしかして、」
エンジュはひとつの可能性に思い至って女の子の全身を隈なく照らす。
そしてすぐに答えに辿り着いた。
身体に密着した奇抜な服を着ているなと思ったらそうではなかった。腕と脚に全体を覆う不思議な素材の防具を付けていると思ったら違っていた。何より、肩と股関節は剥き出しの一目瞭然だった。
複雑に組み合わさった機械の関節。
この女の子は、ロボットだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます