第5話 「探索者の流儀」⑤

  ◇ 


 もはや面子の問題であった。

 遺物の探索とか、先を越されたとかいうことを気にしている奴なんて探索隊の中にはひとりもいなかった。

 それはクリオとて同じである。

 天下に名立たるルクルス団が、たったひとりの小僧に出し抜かれるなどあってはならないことだ。

 なんとしてでもあのヤマネコの小僧を取っ捕まえねばならなかった。

 何本もの投光器からの光が大穴に溜まった闇を追い払って底を照らし出す。

「かしら――ああいえ、団長! 見当たりませんぜ!」

「どこかに隠れているはずだ! 探し出せ!」

 ルクルスの大砲のような号令の元ロープの雨がバラバラと底に降り注ぎ、団員たちが次々に後下していく。上で補強作業をしていた団員のほとんどを連れてきていた。

 この大穴にはいくつか段差があって、途中の階層が潰れて出来たもののようだ。その最後の段差でクリオはルクルスと共に下を覗き込みながら、

「途中であの四輪のエンジン音が聞こえました。奴は必ず生きています。どこかにいるはずです」

 隣でルクルスが重々しく頷く。

 そのとき、下から、

「団長ぉ! 参謀ぉ! こっちに通路がありますぜぇ!」

「なにぃ!」

 ルクルスがほとんど飛び降りる勢いで降りていった。クリオはそれを信じられないような顔で見送ってから、シーカーに有るまじき実に鈍臭い動きでロープを伝って降りていく。

 底に降り立つと、クリオは一面の瓦礫によたよたと足を取られながらルクルスや他の団員が群がる通路の入口へ向かった。

「先生、どう思う!?」

「投光器を」

 訊いてくるルクルスには答えず、クリオは団員から投光器を受け取る。そして通路内にしゃがみ込み、床を丹念に照らした。

「……間違いない。奴はこの先です」

 時間の長さがそのまま分厚い層となった床の埃に、四本のタイヤの跡がくっきりと残っていた。

「ぃ野郎ども! 追跡だァ! アド! ビルク! キュクロ! お前らはここに残れ! 行くぞ!」

 それが分かるや否や、ルクルスは恐れ気もなく静止した闇で満たされた通路へ進み出した。

 二十人近い探索隊改め追跡隊がその後をぞろぞろと付いていく。

 クリオはルクルスのすぐ後ろに早足で追いつき、

「団長、少しお下がりください」

「るせいっ! 黙ってついてこい!」

 一蹴された。

 この先何があるかもわからないのに、ルクルスは警戒心の欠片も感じさせない足取りでずんずんと先へ進んでいく。それではさすがに危険だとクリオは部下たちを先に行かせたいのだが、壁面に配管が剥き出しの作業用らしきこの通路は実に狭く、ルクルスの巨体を追い抜いて部下を前に行かせることができない。次々に現れる曲がり角と分かれ道。まるで迷路のように入り組んでいる。タイヤの跡がなければヤマネコのエンジュを追跡することは不可能だっただろう。五回ほど曲がった段階でクリオは既に方向感覚を失った。曲がり角を曲がってその先を照らす度に新たな曲がり角か分かれ道に出会う。いつまでたってもヤマネコの後ろ姿も見えない。

 そしてついに、

「なにぃ!? こりゃどういうことだ!?」

 タイヤの跡が行き着いた先は、天井が崩れて埋もれた行き止まりだった。

「そんな、馬鹿な……!」

 クリオは慌てて足元を照らし確認するが、確かにタイヤの跡はここまで続いていた。そして行き止まりの前で幽霊のようにふつりと途絶えている。

 ルクルスが額に血管を浮き上がらせた。

「ぬぅおおおっ!!」

 獣のように叫ぶと、通路を塞ぐ瓦礫の山に取り付き、物凄い勢いで瓦礫をどかし始めた。

 団員たちも銃を放り捨て一斉に瓦礫をどかしにかかろうとする。

「待て! 何かおかしい」

 それをクリオが止めた。

 クリオは投光器を手にしゃがみ込み、分厚い埃の層に残ったタイヤの跡をじっくりと見つめながら、

「……タイヤの跡は瓦礫の手前で不自然に途切れている。降りた足跡もない。ヤマネコはその向こうへは行っていない? じゃあどこへ行った? 跡は一本道でここまで続いていた。 ……一本道? ――そうか!」

 クリオの顔に理解の色が広がり、弾かれたように立ち上がる。冷静さを失いかけた声で、

「団長、急いで戻ります」

「なに?」

「奴は大穴の底にいるはずです。これはバックトラップです」

「バック……? あーなんだかよくわからんが奴は底にいるんだな!? 行くぞ!」

 ルクルスは抱えていた子供ほどの大きさはある瓦礫を無造作に放り投げ、元来た道を怒涛の勢いで駆け出した。

 四本のタイヤ跡に騙されていたのだ。クリオは集団の最後尾に必死に付いていきながら悔しさに歯噛みする。クリオの推測はこうだ。まず奴は脚付き四輪の内二輪だけであの行き止まりまで行く。ここまでで跡に残るのは二本のタイヤ跡だけだ。そしてそこから別の二輪で大穴の底まで戻ってきて隠れればいい。そうすればこの通路には綺麗に四輪の跡が残り、間抜けなシーカーどもが引っかかるというわけだ。

 それにまんまと引っかかってしまったことが、八つ当たりしたくなるほど悔しく腹立たしい。

 体力のないクリオは全力疾走する集団から遅れがちになり、曲がり角の連続で後ろ姿も見えなくなる。床を見れば跡が残っているから迷う心配はないのだが、奴を取り逃がしてしまうことの方が問題だ。

 前方から何発もの銃声が轟いた。

 それに匹敵するほどのルクルスの怒鳴り声も。

「ぬおがすかぁっ!! まちゃあがれぃっ!!」

 クリオが息も絶え絶えに大穴の底に辿り着いたとき、奴は既に団員が投光器を向けた先の空中にいた。

「ワ、ワイヤーか……っ!」

 こうしている間にも奴はするすると上昇していき、団員が散発的に放つ小銃の射程外に出ようとしている。

「何をしているっ、追え! 逃がすな!」

「ロープが、切られて……」

「なに!?」

 クリオが慌てて見回すと、あれほどあったロープが一本残らず人の手の届かないところから切り落とされていた。

「さいならー」

 頭上からふざけた調子の奴の声が降ってきて、その姿は闇に飲まれていった。

「ぬおおおおおっ!!」

 突然上がった叫び声と地響きに驚いて投光器をそちらに向けると、ルクルスが半ば瓦礫に埋もれていた。

 大穴の壁面を素手で登ろうとしていたのだろうが、今のクリオにはそれを笑えない。

 ここから出るには、ルクルスと同じことをしなければいけないかもしれないのだ。

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