第3話 「探索者の流儀」③

 やっと来たか――エンジュはほくそ笑む。

 それは、エンジュがこれまでに突破してきた集団の迫り来る姿だった。

 エンジュは勝ち誇ったように、

「だからあんたらは負けるのさ!」

 そう言い放ちつつアクセル全開、タイヤを派手に鳴らしながら一気に前方へ突っ込んだ。

「来るか小僧! 撃――むう?!」

 撃て――ルクルスはそう命じたかったに違いないだろうが、状況がそれを許さなかった。

 いま射撃を命じれば、エンジュに当たるよりも高確率でその背後の味方に流れ弾が当たってしまうことになる。ルクルスはそれがわからないほどの馬鹿ではなかったようだ。

 そしてそれこそがエンジュの狙いであった。

 残りの三十メートルほどを溶かすように詰めながらエンジュは後ろの荷台からサボットスラグ銃を抜き取りつつスピンコックで装填、間髪入れずに射撃。十二番径の大粒の単発弾は狙い違わず集団のそばの篝火に命中した。

 炎が弾ける。

 飛び散る炎に追い立てられて集団が乱れる。影が踊る。

 その隙を突いてエンジュは生まれた空白の中に脚付き四輪を突っ込ませ、大穴の向こう側まで跳躍。しようとした。

 思いがけないことが起こった。

「ぬおがすかーっ!!」

 獣の如き雄叫びを上げて進路上に飛び出してきたのは、ルクルス。

「マジかーっ?!」

 最速の反応だった。

 極限まで濃縮された意識の中で、エンジュは咄嗟にハンドルを切り奇跡的にルクルスをかわした。凶暴な慣性に脚付き四輪が耐え切れず車体が傾く。ブレーキを踏んだら終わりだ、という思いが頭のどこかにあって、エンジュは神業のようなハンドル捌きだけで車体を立て直した。

 奇跡もそこまでだった。

 気付いたときには大穴はもう目の前で、車体を立て直したばかりの体勢では跳躍の予備動作もままならず、そしてルクルスを避けたせいで失った速度では向こう側まで届くはずもなかった。

 それでも、跳ばないわけにはいかなかった。

「このぉっ!」

 エンジュはがむしゃらに脚付き四輪を跳躍させた。

 跳んだ、と思ったときには既に失速し始めている。三十メートルの助走があれば届くはずの距離の、半分にも至らないうちに脚付き四輪は大穴の中へ落ちていく。総毛立つような浮遊感。遺物を改良しまくったこの脚付き四輪でもさすがに空は飛べない。

 が、

 こーゆーことだってできる!

 エンジュはハンドルの周りにごちゃごちゃと後付けされたスイッチのひとつを押した。

 車体両側に設置された細長い金属筒の発射口からワイヤーフックが射出された。ほとんど賭けだった。脚付き四輪は完全に大穴を落下中で、明かりひとつない真の闇の中に二本のワイヤーフックが消えていく。身体が浮く。平衡感覚が失われる。ハンドルを握る両手だけがエンジュを繋ぎ止めている。

 右の方から無慈悲な金属音。フックが跳ね返された。外れた。左側は、

 手応えがあった。

 エンジュはすぐさまワイヤーをロック、ハンドルを握る両手に力を込める。一度目の衝撃。振り落とされそうになるのを必死に堪えハンドルにしがみつく。車体が振り子のようにワイヤーに引かれる。目の前にいきなり壁、エンジュは反射的に着地と同じ要領で四脚を操作し衝撃を吸収、致命的な激突をどうにか免れた。

 エンジュと脚付き四輪は、ワイヤー一本でどうにかぶら下がった状態で、ようやく停止した。

「――――ふう」

 上を向いた脚付き四輪のハンドルにほとんどしがみつきながら、エンジュはほっとしたようにため息を零した。

 今回はさすがにエンジュでも焦った。ワイヤーフックが引っかかってくれなければお陀仏だった。

 そのワイヤーフックもいつまでもつかわからない。ずっとここでこうしているわけにもいかず、エンジュは上を見上げる。

 上の方にうっすらと明かりが見えた。そこにルクルスたちがいるはずで、そこへ戻るわけにはいかず、となると必然的に下へ行くしかないわけだ。

 と、

「――ん?」

 見上げた暗闇の先で何かが動いた、ように見えた。

 それは何やら小さな光の粒のようで、ずっと昔に見た星空のようにいくつも瞬いていて、よく見るとどうやら近付いてきていて、そのひとつがエンジュのすぐそばを通り過ぎた。

 ――!!

「マジかっ?!」

 エンジュは息を呑んだ。

 上から降ってきたのは、いくつもの爆薬だった。

 星空のように瞬いて見えたのはその導火線だったのだ。

 エンジュは両腕両足全部を使って脚付き四輪に全力でしがみついた。

 その瞬間、


 大穴が噴火した。


 間近にいたエンジュにはそれほどの衝撃だった。爆風が容赦なくエンジュに襲いかかり、しがみついた脚付き四輪ごとめちゃくちゃに翻弄される。振り落とされないようにするので精一杯だった。熱風が顔を焼くが庇うこともできない。息を吸えば喉までやられそうだ。ゴーグルをつけていたのがせめてもの救いだった。目をやられずに済んだ。

 衝撃と熱風はいつしか収まり、脚付き四輪がぶらりぶらりと大きく揺れているのをエンジュは感じた。

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