第2話 「探索者の流儀」②

 まだ本格的に探索していない。

 「島」の内部に入ってすぐ、エンジュはそう直感した。

 そう感じた理由を、エンジュは後方にすっ飛んでいく景色に視線を遣りながら探す。

 まず気付いたのは篝火の列だ。その昔は大通りだったであろう通路に沿って篝火が焚かれているが、いくつも通り過ぎてきた横道や脇道や建物の中にはなかった。まだそこまで人が入っていないのだ。それから、この通路のいたるところに転がる瓦礫の多さも気になる。脚付き四輪が左右に避けながら進まないといけないほど瓦礫が残っているということは、探索どころかその準備さえ整っていないのではないか。篝火にぼんやりと照らし出される崩れかけた上層通路や壁が、まだ補強されていないのもきっとそうだ。そしてなにより、人が少ない。これが意味するところはつまり、

「――やっぱり!」

 エンジュはゴーグル越しに進行方向を見つめてニヤリとほくそ笑む。

 エンジュの見つめる先、ひときわ多く篝火の焚かれた場所で複数の男たちが通路の補強作業をしていた。

 そこは周囲に比べてやたらと崩壊が進んでいて、崩れ落ちてきた複数の上層回廊が奇跡的な配置で辛うじてトンネルを作っている。そこに鋼材の骨組みを付け加えて通り道を補強していた男たちが、脚付き四輪のエンジン音に気付いて振り返った。

 向こうにしてみれば、暗闇の中から突然何者かが襲いかかってきたようなものだ。

「どけどけぇーっ!」

 エンジュは一切減速せずにトンネルに突っ込んだ。

「なんだぁっ?!」

「うわっ!」

「ひえぇ!」

 男たちが訳も分からず逃げ惑い、鋼材をなぎ倒し工具やランプやロープを蹴散らして脚付き四輪はトンネルを駆け抜けた。

「し、侵入者だぁ!」

「追えー!」

「補強は?!」

「んなもん後回しだ!」

 緊急事態を告げる笛の音が響く。男たちの怒号が上がる。それらを全部置き去りにしてエンジュはどんどん奥へ進む。篝火の列が道案内してくれるおかげで迷うことも躊躇うこともない。途中で何度か補強作業をしている集団と出くわした。床の大きな亀裂に通り道を設置していたり瓦礫でできた山に傾斜路を作っていたりしたが、どれだけいようともエンジュと脚付き四輪の速度と機動力の前では無力に等しかった。亀裂を飛び越え傾斜路を無視して瓦礫を踏破し襲い来る男たちをかわしてかわしてかわして時には吹っ飛ばしたりしつつひたすら進み、ついにエンジュは先頭と思しき集団を前方に捉えた。

「あれだ……っ!」

 間違いない。

 なぜなら、エンジュをここまで導いてきた篝火の列が、あの集団を境に途絶えていたからだ。

 エンジュは口元に意地の悪そうな笑みを浮かべてさらに速度を上げる。

 このままあの連中を突っ切ってしまえば、その先は手つかずの領域だ――そう考えたのも束の間、エンジュは慌ててハンドルを切り車体をスライドさせて急停止した。

 集団との距離はおよそ三十メートルくらい。

 これ以上近付くと、色々と危なかっただろう。

 十五人ほどのその集団は、既に小銃をエンジュの方に構えて迎撃体制を整えていた。

 さらにもうひとつ。

 その集団の向こう側一帯が広範囲に渡って崩れ落ちていて、真っ暗な大穴を開けていたのだ。

「ヤマネコのエンジュか!」

 集団の中からバカでかい声が轟いた。

 声の主は探さなくてもわかった。

 周囲より頭一つ分飛び抜けた身長。分厚い探索服を内側からぶち破らんばかりの筋肉。ひとりだけ銃を持たずに腕を組んで仁王立ちしている。おそらく銃なんぞよりその肉体の方がよっぽど強力な武器なのだろう。

 轟天のルクルス。

 ルクルス一家の頭だ。

「……どーも」

 エンジュは適当に言葉を返しつつ、集団の周囲を油断なく探る。

 彼らのすぐ後ろには、鋼材で作られた櫓。そこから張られたロープが、大穴の向こうの闇の中に消えている。よく見れば、遠くにひとつの小さな明かり。

 どうやら彼らはここを渡る道を作ろうとしていたようだ。

「貴様何しに来た?!」

 ルクルスのやかましすぎる声にエンジュは意識を引き戻された。

 少し馬鹿にしたように、

「――シーカーが「島」に来る理由なんて、ひとつしかないでしょ?」

 ルクルスはまだ冷静だった。

「ガキは大人しく帰りな! 今ならまだ見逃してやる!」

「あんたの許しなんて必要ないね」

 エンジュは挑むように言う。

「『遺物の所有権は、島から持ち出した者に帰す』。それがシーカーの流儀ってもんだろ? あんたらだっていままでもそうしてきたはずだ。だから、オレもオレのやりたいようにやる」

「そのセリフを吐いていいのはァ! 力のある者だけだ小僧!」

 ルクルスが一気に怒気を強めた。

 決壊が近い。そんな予感。

 まだだ――エンジュは思いつくまま口を開く。

「あんたの言う「力」ってなんだ?! 銃の数か?! それとも人の数か?!」

「両方だ! そしてなにより! 筋肉こそ力だ!」

 ルクルスがその丸太のような腕を掲げてみせた。

 頭の中にまで筋肉が詰まってそうなセリフだ。エンジュはこんなときにも関わらず口の端で笑う。

 そのとき、

「かしらーっ!」

 エンジュの後方から叫び声が上がった。

 続いて、大勢の人間が駆けてくる足音が何重にも反響して響いてくる。

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