第1話 「探索者の流儀」①

 砂ならばまだしも、ここでは履帯の跡はよく残る。

 ましてや、四本備えた大型履帯船であるならなおさらだ。

 砕けた瓦礫とひしゃげた鉄屑と折れ曲がった金属板が四本の列を成して一直線に並ぶ先を、エンジュは見遣った。

 四本の履帯跡は瓦礫と鉄屑でできた無数の丘の間を縫ってずっと先まで続いていて、やがて丘の連なりに隠されて見えなくなった。

 たとえエンジュがすぐそばの瓦礫と鉄屑の丘の頂上に立ったところで、得られる情報はそうは変わらないだろう。この景色は視界の果てまで延々と続いているのだから。

 鉄砂漠は今や大地の大半を覆っている。

 この鉄砂漠が、かつてはこの星のほとんどを埋め尽くしていた巨大都市だったとはにわかには信じ難い話だ。

 その頃の人類は、今では魔法としか思えないほどの高度な科学を自在に操っていたという。

 そっちはエンジュにも疑問の余地はない。

 なぜならば、その名残が遺物として今でも時たま発掘されるからだ。

 そして、その遺物を探し求めて鉄砂漠を渡り行くのがエンジュたちシーカーだ。

 エンジュは履帯の跡の続く先を確認すると、そばに停めてあった脚付き四輪に跨る。

 最近ようやくフットレストに足がしっかりと付くようになった。二年前父からこいつを受け継いだ当初は十三のエンジュには大きすぎて、フットブレーキにもギアシフトにも足が届かなくて苦労したものだ。

 メインスイッチオン。ハンドルロック解除。キックスターターで一発でエンジンがかかり手元のレバーで一度エンジンを吹かす。

 父が死んでから二年が経ち、エンジュは十五になり、こいつも手足のように操縦出来るようになった。部族単位で鉄砂漠を渡り行くシーカーにあって、エンジュがただひとりではぐれシーカーを続けてこられたのは、こいつのおかげだ。

「――っしゃ、いっちょ行きますか」

 不敵に笑い、ゴーグルをかける。その奥には、獲物を狙う猛禽に似た眼差しがあった。

 ギアを上げ、ブレーキを解きエンジンを一気に回す。フットレストにほぼ立ち上がって前傾姿勢、どでかい低圧タイヤに物を言わせてそばの瓦礫と鉄屑の丘を苦もなく駆け上がる。

 まさに、これから「狩り」に行くのだ。


 ◇


 相変わらず心配性だな先生は。

 団長のルクルスにそうやって渋い顔をされても、団の参謀役を任されているクリオは眉ひとつ動かさずに、それが仕事ですから、と言ってのけた。あと、先生ではなくちゃんと参謀と呼んでください、と付け加えるのも忘れなかった。

 団長は呆れ顔をしてさっさと「島」へ上陸してしまったが、人員を十数人ほど残してくれたあたり、一応はクリオのことを信頼してくれているらしい。

 団長が呆れ返るのもわからないクリオではない。

 このルクルス一家ーーいや、その規模からしてルクルス団と呼ぶのが相応しい――にちょっかいを出そうとするシーカーなど、今やほとんどいまい。大体どのシーカーも、クリオと十数名の守備隊が立つこの巨大な履帯船「轟天号」を見れば何もせずとも道を開ける。開けない奴がいたところで関係ない。強力な四本履帯の馬力と船体全面の分厚い装甲板で邪魔な船を瓦礫と鉄屑ごと押し退けていくだけだ。大昔の巨大海棲生物にも似たその船体はこの近辺では最大級で、同程度の大きさのものは他には片手で数えるほどしかいない。中で暮らす家族の数は百に迫ろうとしている。武装についても相当なもので、かの武装旅団とも堂々と渡り合えるほどだと自負している。

 ルクルス団がこのフリュギアの地でも指折りのシーカー集団であるのは、誰もが知るところだ。

 とはいえ、やはり守備隊は必要であるとクリオは考える。

 例え多くの人員を抱え強力な武装を揃えようとも、やはり探索中はそちらに人員を割かれて船が手薄になるものだし、鉄砂漠を走り回る他のシーカーがいつひょっこり姿を現すかわかったものではない。「島」を巡ってシーカー同士が争いになるのは、決して珍しいことではないのだ。

 それに、この辺りではほとんど見かけないが、「奴ら」のこともある。

 今回の探索は誰にも邪魔されたくないとクリオは強く思っていた。

 甲板上から背後を振り返る。

 そこには、「島」があった。

 旧時代、この惑星上の大半を覆い尽くしていたという超巨大積層都市。その大部分が鉄砂漠と化した中、ごく希に残る当時のままの構造体。シーカーたちは、それを「島」と呼ぶ。

 今回発見されたこの「島」は、ルクルス団の地図にはなかった「島」だった。

 そう大きなものではない。断面から見える層は三段で、高さにしておよそ七十メートルくらい、「島」としては標準的な高さだ。「島」全体が僅かに傾いているのは、元々あったはずの下層が潰れてしまっているせいだろう。高さの割に幅や奥行きが小さく、全周は一キロもなさそうである。しかし小さいとはいえ、「島」の中には旧時代の遺物が良好な保存状態で残されているのだ。しかもこの「島」にはどうやら他のシーカーが入った形跡がなく、ルクルス団が最初に入るシーカーかも知れないのだ。

 クリオが誰にも邪魔されたくないと思う理由はそれだった。

 この「島」が手付かずであるということは、この中にはもしかしたら目を見張るような遺物が眠っているかもしれないのだ。

 本当ならクリオ自身も中に入ってその目で遺物を探してみたかった。しかしクリオは残念ながら言い訳もできないほどに飛んだり跳ねたり踏ん張ったりが苦手で、仕方なく守備隊の指揮を執ることにしたのだ。

 ――まあ、探索は団長や副長に任せておけば良い。

 クリオはそう自分を納得させる。

 彼らに任せておけば問題なく遺物を探し出してきてくれるだろう。もしそれが特別なものでなくとも構わない。十分な量と質の遺物があればまとまった量のお金が入る。そうすれば食料も蓄えられるし武装もさらに強化できる。このフリュギア一のシーカーにするというクリオの夢にまた一歩近付くことができるのだ。

 クリオが一人で密かにニヤついていると、

「先生、先生! ちょっといいすか?」

 守備隊のひとりがクリオを呼んだ。クリオは慌ててニヤついた口元を引き締め、

「なにか?」

 応じてからすぐに思い直し、

「――先生ではない、参謀と呼べ」

 守備隊の男は心底どうでもよさそうに、

「はあ、すんません。参謀先生」

 だから先生は付けんでいい。

 一瞬イラッときたのをグッと堪え、団全体の教育水準を上げねばなるまいな、などと考えながらクイッとメガネのつるを押し上げて、

「で? 用は何か」

「そうです参謀先生! んなことより大事なことが!」

「わかったから早く言いたまえ」

「あっちに! 礫飛沫っぽいのが一瞬見えたんす!」

 そう言って男は船尾方向を指差した。

「なに?」

 クリオは表情を改めた。そしてすぐに男が指差した船尾方向へ早歩きで向かう。

「それは確かか?」

「いや、なにぶん一瞬だったんで……。多分間違いないと思うんすが……」

 クリオより一歩遅れて付き従う男が自信なさげに答える。これ以上訊いたところで仕方がない、とクリオは判断した。直接自分の目で確かめるしかないだろう。

 甲板の中央辺りから百メートル以上を歩き切ってクリオは船尾に辿り着く。そこには見張りのもう片割れがいて、そこから見える無数の瓦礫と鉄屑の丘に目を凝らしていた。

「どのあたりだ?」

 クリオが声をかけると見張りは振り返り、

「あ、先せ」

「参謀。礫飛沫が見えたのは?」

「へい、あのあたりで」

 見張りが指差した方向にクリオも目を凝らす。が、それらしきものはどこにも見当たらない。

「見えんぞ」

「それが、一瞬だったんすよ。使います?」

 差し出された双眼鏡を受け取り、覗き込む。拡大された狭い視界の中には、静止画のような鉄砂漠がどこまでも続いていた。

 見張り連中が本当に礫飛沫を見たとして、そのが他のシーカーだったとして、この「島」を狙いに来たのだとしたなら、そいつは間違いなくクリオの監視網に引っかかるはずだった。この「島」をぐるりと一周して確認したが、上陸できる場所は「轟天号」がいま横付けしているこの場所だけだった。それ以外は全て構造体が崩れていて中に入ることができなくなっていた。

 だから、もし何者かが本当に近くに潜んでいるのならば、絶対に見つけられるはずだった。

 クリオは双眼鏡を右に左に巡らせて周囲を隈なく探す。と、

「――ん?」

 拡大された視界の中で何かが動いた。ように見えた。慌てて双眼鏡をその場所へ戻す。瓦礫の丘が重なっている。その僅かな隙間に、一瞬、礫飛沫が舞った。

 鉄砂漠を移動する物体が瓦礫を蹴散らしたときに上がる破片。

「何かいるぞ! あそこだ!」

 クリオは双眼鏡を外して叫び、礫飛沫の上がった方を指差した。

 周囲が一斉に舷側の柵に取り付いた。

 船体の四時方向。思った以上に近い。そのくせ上がった礫飛沫は意外なほどに小さく、相手の姿も丘に隠れて見えない。履帯船では有り得ない。小型の履帯艇か――クリオがそう考えたとき、それが丘の上に姿を現した。

「――脚付き四輪?!」

 思わず叫ぶ。同時に、

「ありゃ、ヤマネコだぁ!!」

「ヤマネコのエンジュ!」

 いくつもの声が守備隊から上がった。

 クリオはすかさず指示を飛ばす、

「撃てっ! 近付けさせるなっ!」

 守備隊の全員が大慌てで担いだ小銃を構え、一斉に発砲する。しかし脚付き四輪は瓦礫と鉄屑の丘を巧妙に盾にして履帯船には不可能な速度と機動力で一気に迫って来る。「くそっ、何をやっているっ!」クリオもさすがに焦る。

 次に脚付き四輪が姿を現したとき、車上の男がこちらへ銃を構えていた。

「っ?!」

 銃火が閃く。

 男の放った弾丸は守備隊が群がるすぐ足元の船体側面に弾け、一瞬守備隊の男どもが怯んだ。

 次の瞬間だった。

 「轟天号」の目の前まで迫った脚付き四輪は最後の丘を瓦礫を蹴散らして駆け上がり、そのままの勢いで頂上から、

 飛んだ。

 全員が目を疑った。

 十メートル以上はあった距離を、五メートル近くの高低差を、物ともせずに脚付き四輪は一息で飛び越えて「轟天号」の甲板上に乗り込んできたのだ。

 一度大きく跳ねて、巨大なタイヤの付いた四本の脚を動物のそれのように踏ん張って脚付き四輪は停止した。

 守備隊のど真ん中に。

 クリオは半ば呆然とそれを見つめていた。信じ難いことであった。こんなこともあろうかと残していた守備隊を、その集中砲火を、そして三十メートル近いこの高さをこうも簡単に突破されるとは、流石に想定のはるか上空であった。

 しかし、とクリオはいち早く気持ちを立て直す。

「取り囲め! 逃がすな! 銃は使うな、同士撃ちになる、相手はひとりだ、取り押さえろ!」

 守備隊の男どもはすぐさま反応した。バラバラだった隊列を素早く組み直して包囲網を完成させ、小銃を鈍器代わりに構えて四方から一斉に襲い掛かる。

 仕留めた、とクリオは思った。

 脚付き四輪が踊った。

 それは比喩ではなく、まさに言葉通りであった。脚付き四輪は対角の二本の脚を広げ、残る二本だけで車体を急旋回させた。

 襲いかかった男どもはひとたまりもなかった。

 高速で振り回される巨大なタイヤに男どもは面白いように弾き飛ばされ、脚付き四輪の最初の攻撃で守備隊の半数近くが戦闘不能になった。残る守備隊も回転しながら動き回る脚付き四輪から逃げ惑うばかりでてんで戦力にならず、脚付き四輪がくるくると踊るたびに男どもが宙を舞った。

 ひとしきり守備隊を蹂躙したあと、脚付き四輪は「島」までの十メートル近い距離をその脚力であっさりと跳躍して、「島」に上陸を果たした。

「くそっ!」

 クリオはそばに転がっていた小銃を掴み上げて舷側に駆け寄り、脚付き四輪に向けて発砲した。

 奥へ向かっていた脚付き四輪は何事もなかったかのように左右に避けて、そのまま射程外へ出て行ってしまった。

「くそっ、なんてすばしっこい奴だ……!」

 クリオは悔しさに歯噛みする。

 二つ名の通り、まさに猫のような奴だ。

 それに、あの男ーーいや、男と表現するのもおこがましいほどの若さに見えた。あれはまるっきり少年だ。

 クリオはボロボロの守備隊を振り返る。

「何をしている! 早く桟橋を用意しろ! 追うんだ!」

 参謀の名にかけて、逃すわけにはいかない。

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