第5話
母の内職でもらえる収入は、あまり良くない。ほぼ三郎のバイト代だけで、母一人子一人暮らしていかなくてはいけない状況だった。自然と生活は切り詰めることとなる。
スポーツマンだったため、もともと三郎は脂肪の少ない身体であったが、体重が落ち、筋肉量もだんだんと減ってきたようだ。
「なんか腹減ったなあ」
カレンダーの赤い日。この日は珍しく、朝から夕方までバイトに入っていた。自転車のライトをつけることなく、コンビニから帰るのは初めてのことだった。
「…………あ」
前から一人の男性が歩いてきていた。齢は六十を超えたぐらいだろうか。特段意識することもなかったのだが、すれ違う間際に、三郎は軽く息を漏らした。
一瞬、視界がホワイトアウトする。ふらっとしてしまい、身体に力が入らない。
意識が戻った時には、既に地面との衝突を免れないほどに、自転車が傾いていた。事故に巻き込んではいけない、となんとか男性に当たらないように、無理に身体を捻る。
その結果、不幸にも頭からの着地を決めてしまった。
「君、大丈夫か!?」
男性が驚きながらも、声を掛けてくれる。
「痛てて……俺は大丈夫です。おじいさんは?」
幸いにも、血は出ていないし、頭がぐらんぐらんすることもない。起き上がりながら、三郎も相手に声を掛ける。
「ワシは当たってないしなんともないが……本当に大丈夫か? いきなり貧血でも起こしたんじゃないか? 顔色も悪いみたいだし」
今まで疲れた溜まっているとは自覚があったが、今回のようなことは初めてだった。
「貧血……確かにそうかもしれません。帰って休むことにします」
自転車が壊れていないかを確認すると、男性から腕をがっしと掴まれた。
「疲れもあるのかもしれんが、ちゃんと食事してんのか? 若いのにそんな痩せて……そうだ、これを持っていきなさい!」
男性はそう言って、カバンの中からスーパーのレジ袋を取り出して、三郎に手渡した。中に入っていたのは、緑が濃いホウレンソウだった。
「これは……おじいさんの買い物じゃないんですか?」
「ははは、違うよ。だとしたら人にあげたりせん。これはウチで育ててるホウレンソウだよ」
男性の話によると、彼は自分の畑を持っていて、そこでホウレンソウを育てているそうだ。農協を通さずに軒先で販売をしているものの、あまり売れ行きは良くなく、自分たちで食べきるにも余らせてしまうので、こうして人にお裾分けをしている、とのこと。
「ま、味は折り紙つきだよ。良かったら今度、食ってみた感想でも聞かせてくれ」
その言葉を残し、男性は立ち去って行った。三郎はホウレンソウを自転車のカゴに入れ、押して帰ることにした。
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