第4話

 帰り道は当然のことながら、暗い。高校生が出歩いていたら補導されかねない時間だ。街灯が少ない道を、辺りに気を付けながら自転車を漕ぐ。


『行ってらっしゃい。気を付けてね』


「…………」


 家を出る時に、母が見送りと同時に言い放った言葉が頭をよぎる。

 昔からそうだ。出かける時に必ず掛けてくれる言葉。それ自体は、さして珍しいことではないし、多くの家庭でも交わされていることだろう。

 しかし八月のあの日以来、三郎にとっては重い言葉となった。八月に彼の父親が亡くなったのは、交通事故が原因だったからだ。

 会社帰りに駅から自転車に乗っていて、交差点で横から来たほかの自転車と衝突。打ち所が悪く、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 しかもその際、父は無灯火運転だったらしい。事故相手は重傷を負ってしまい、実況検分の結果、父はむしろ加害者となってしまった。

 それまで比較的裕福な環境で暮らしていた阿賀家は、家や資産を売り払ってなんとか賠償に充て、母一人子一人の慎ましい生活へと転落してしまった。三郎が活躍していたバドミントン部を退部し、アルバイトに励むようになったのはそのためだ。

 気を付ける。まったくもってその通りだ。誰かに迷惑を掛けるのは怖い。自分が死ぬのも怖い。母を遺して逝くのは、もっと怖い。




 朝は六時に目を覚ます。早朝にできるアルバイトを探しはしたのだが、あいにく通える範囲では、そのような良い仕事は見つからなかった。

 母が作ってくれた朝ごはんを食べ、勉強をするか、母の内職を手伝う。ドがつくほどの真面目ぶりだ。


 高校でも、居眠りをすることはない。授業中はきちんと勉学に励んでいる。真面目な三郎は、環境が変わっても勉強をおろそかにしなかった。


 六限が終わればまっすぐ家に帰り、着替えてコンビニへ。夜十時までバイトをしては、帰り道に十一時閉店のスーパーへ向かい、見切り品を購入して、夕食とする。


 そのような、十七歳にしてはなかなかハードスケジュールである日々を過ごしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る