第3話
建物の裏に自転車を止め、引き戸を開ける。
「いらっしゃいま……あ、お疲れさま阿賀くん」
「おはようございます。お疲れ様です」
挨拶をし、バックルームへ向かう。コンピュータで出勤登録を行い、ロッカーに掛けていた制服を取り出して、シャツの上から袖を通す。
鏡越しに、研修で教わった顔面体操をしてから、フロアに出る。今は店内にお客様は居ない。
「お疲れ様です」
レジ内にいた店長に改めて声を掛け、戸棚からファイルを取り出す。午後五時にしなければならない、冷蔵庫の温度チェックだ。
「いやー、阿賀くんがバイトしてくれるようになって、ホント助かるよ」
レジ内にいた店長が、そう声を掛けてくれる。
「そうですか? ありがとうございます」
「仕事覚えるのも早いし、お客さんの評判もいいし。阿賀くんが来てくれるまでは、僕が朝から晩までいなくちゃいけなかったから、ホント楽になったよー」
住宅街にあるコンビニで、それほど客数は多いほうではない。フロア内にいる店員も、夕方にちょっと賑わう時間を除けば、一人で事足りる程度だ。
午後七時くらいまで、レジを捌きながら店内清掃を終えると、だいぶ落ち着いてしまう。
「阿賀くん、俺そろそろ上がるね。十時までよろしくー」
「はい、お疲れ様でした」
夜勤でもないのに、フロア内に一人にされてしまう。新人バイトに一人で店を任せるなんていいのか、と最初は三郎も思ったが、閑古鳥が鳴くような状況に二人も必要ない、という結論にすぐに至った。自分一人という状況はいささか緊張するが、じゃあ店長が働いた方がいいとは言わない。店長は朝九時からずっと働いているのだし、何より自分の給料が減ってしまう。お金が必要な身として、それだけは避けたい。
一瞬だけバックルームに下がり、発注用の端末を手にする。実習中が剥がれた名札をしている三郎は、早くも日配品の発注を任されていた。
三郎の性格は、一言で表すなら、真面目だ。自分のやるべきことは熱心にこなし、一段階上のことにまで手を伸ばそうとする。手を抜くということが嫌いで、事実そうして生きてきたからこそ、学校の成績も部活の戦績も優秀だった。
日配品の売れ行きが、日を追うごとに落ちている。本来アルバイトである三郎が気にすることではないのかもしれないが、発注担当に任命されてから、そのことを気に掛けていた。三郎が働き始める前からのことではあるのだが、真面目な彼は、担当の自分が売り上げを向上させねばなるまい、と考えていた。
とはいえ、発注できる商品は限られている。端末に表示される中から、「これはひょっとしたら売れるかもしれない」という商品を選んでは、時折売り場に並べてみる、くらいのことしかできない。
今日も時折来るお客様の相手をしながら、発注、掃除、前出しを行っているうちに、あっという間に午後十時になってしまった。そろそろ退勤の時間だ。
「おつかれー」
店長の父であるオーナーが、出勤してきた。
「おはようございます。お疲れ様です」
入って来るなり、すでに制服を着ていた。おそらくあの格好で車を運転してきたのだろう。
「阿賀くんが高校生じゃなければ、ぜひ夜勤もお願いしたいんだけどねー」
「俺黙ってますから、働かせてくださいよ」
時給も上がるし。
「ははは、ダメだよ。僕が捕まっちゃう。じゃ、もう上がっていいよ」
「ありがとうございます、お先に失礼します。発注入力しておきましたんで、チェックお願いしますね」
「うん、おつかれー」
オーナーが三郎の発注を確認することにはなっているのだが、今まで一度も、直されたことはない。入力数が間違っていないということなので嬉しい反面、売り上げへの責任感も同時に芽生えさせられてしまう。
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