第2話

 自転車で約二十分。引っ越したばかりの阿賀家は、決して新しくはない。築四十年の、身も蓋もない言い方をしてしまえば、ボロアパートだ。

 木製の枠にガラスがはめ込まれている扉。中に人は居るはずなので、鍵を確かめることもなく扉を開く。


「ただいまー」

「おかえり、三郎」


 2Kのアパートで待っていたのは、彼の母親だったテーブルの上には、カーネーションの造花が大量に積み上がっている。


「見て見て! 今日はこんなに頑張ったのよ!」


 赤いカーネーションを手に、得意気に見せてくる。


「おー、すごいじゃん母さん。でも、あんまり無理はしないでくれよ」


 三郎の母はあまり身体が強くなく、外で長時間働くには、少々厳しい。母一人子一人の阿賀家で、少しでも生活の足しになるよう、こうして母は内職に勤しんでいる。

 引き続き造花作りに励む母の後ろを通り過ぎ、三郎は部屋に入る。

 制服を脱ぎ、Tシャツにジーンズというラフな格好に着替える。そして部屋の隅に置いてある仏壇の、小さな鉢型の仏具を、軽くチンと鳴らす。

 そこに立てられている写真には、八月に亡くなった、三郎の父親が写っていた。


「じゃ、コンビニ行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 家に居たのは、わずか一分少々。再び自転車に跨り、コンビニを目指す。

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