第9話 幼なじみ

「ハァ、ギッリギリ間に合った。」


父が、安堵の表情を浮かべる。



「二人とも朝ごはんできたよー!」


母から二人に声がかかる。

いや、かかってしまった。と言って良い。

勝利のチャンスだったテツだったが、母の「ご飯できたよー」は、二人にとっての、試合終了のブザーと同じなのだ。


以前、「あとワンプレー」と言ってから、15分ほど熱中してしまい。怒った母に、朝ごはんを3日ほど作ってもらえなかった。

それからは暗黙の了解で、母から声がかかった瞬間が終わりなのだ。


「ふーー。また、今度、だな。」

「あそこで、ポンプされてたら負けたな。」

(ポンプ=ポンプフェイク)


父がそう言い残し、家の中へ入っていく。


「打つ瞬間はノーマークだったろうが。」


誰にも聞こえない声で、悔しそうに呟いた。



「惜しかったねー、哲ちゃん!今の決めてたら勝ったのにー!」


うちの庭が見える、隣の家のベランダで、パジャマ姿の咲桜が身を乗り出している。

【山野 咲桜(やまの さくら)】


「チッ。うるせー、咲桜。そんな格好で見てんじゃねー、風邪引くぞ。それに乗り出すな、落ちるぞ。」


少し冷たく、そう言った。


「心配してくれてんのー?もしも落ちたら、キャッチしてよー!」


「おい!バカなこと言うな!」


ちょっと焦ってベランダに近づく。


「ふふっ、ごめんごめん。」


穏やかに、嬉しそうに笑った。


「ねぇ、哲ちゃん。」


「あー?」


家に入ろうと向かう足を止め振り返る。


「今日、一緒に学校行こ。」


咲桜は少し恥ずかしそうに、そう言った。頬が赤らんでいる気がした。


「あ、嫌じゃなかったらでいいんだけど。」


「えっ?…あー、まぁいいけど。」


正直なところかなり、ドキッとした。恥ずかしいのを悟られないよう、なんとか平然を装う。


「やったー!じゃーあとから迎え行くね!」


「あいよー。」


表情を見られないように、背中を向けて手を上げて答えた。

急に言われるとなんだか恥ずかしい。きっと咲桜には気付かれてはないはずだ。

耳が赤くなっていないか…少し心配にはなったけど。


小学校には毎日一緒に行ってたし、中学でも初めのうちは一緒に行くこともあった。しかし部活が忙しくなり、朝練などもあってしばらく一緒には行っていない。今だときっと…友達にもからかわれるかもしれない。けど、一緒に行きたくないわけでは、決してない。

そんな中、急に咲桜から誘われて、喜んでいる自分がいた。



朝食後、「あの事を話すにも丁度良いかな、他から知られると面倒だしな。」そんなことを考えながら、学校へ向かう準備をしていた。


「おはようございまーす!」


咲桜の元気な声が嵐家に響く。


「あら、哲!咲桜ちゃんじゃない?」


母が食器を洗いながら、テツを呼ぶ。


「あー、行ってきます。」


冷静に、あくまでも普通に返す。


「行くぞ。」


「行ってきまーす!」


母に余計な詮索をされないうちに、そそくさと家を出た。


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