第6話

 ハンナは蒔岡家に引っ越してからまもなくして、九月からの転校生として駒場の私立中学校へ通うようになった。

 あたらしい中学校での生活は、最初期だけ順調だった。

 目立つ長身の美人であるし、蒔岡の名前で周囲に一目置かれていたし、本人も周囲に馴染もうと努力していた。制服の着こなしも清潔そのもので、長めのおかっぱにした髪を揺らしながら、くしゃみする際も自分のイニシャルが刺繍されたハンケチーフで口元を抑えるなどして出来得る限り上品な人間でいよう、という努力が見て取れた。それはハンナが必死こいてネットで調べた深窓の令嬢のイメージであり、アニメキャラにおける典型的なお嬢様キャラの影響で誇張され過ぎていたが、それなりの効果があった。このキャラで頭が悪いのはちょっと整合性に欠けるので、勉学の方もバカがバレぬよう気を使った。結果、自分より顔も頭も並な友人を幾名か調達できた。まともな友達さえ確保できれば学校生活などどうとでもなるものである。ハンナの外見であればそれは容易であった。

 校内でも蒔岡家の威は絶大で、ある数学を教えている下卑た顔つきの教師など、ハンナは蒔岡という有力な公務員の令嬢であり天才青年エリクの義妹だと聞くとたいそう驚いて、あなたのお父上とお兄様はすごい、公務員になれるなんて、天才中の天才だ。どれくらいすごいかと言うと、宇宙飛行士、プロ棋士、青年実業家、そいつらのすごさを全員集めたのよりすごい、ハレルヤ、と言った。ハンナはシンプルになにそれ、とおもったが、みんなが義父やエリクのことをすごい、イカす、と言うので、あの半病人みたいなふたりはそんなすごいんか、といまいち釈然としなかったが、蒔岡家の子供は、上の子は頭がよく、下の子は美人だ、なんていわれてる感じは心地よかった。

 しかし、蒔岡のお嬢を演ずるのが上達するにあたり、すぐにしんどくなってきた。少なくとも自分はなにも頑張れない。自分が美しいのは母親からの遺伝だし、蒔岡の令嬢となったのも母が義父に見初められたからである。自分本体がすごいわけでは無いのだ。そんなんでこんな褒められたりしていいのか。自分は調子に乗っているのではないか。自分は毎日襲ってくる変な幻想に怯えながら暮らす無気力で怠惰な娘である。しょうもない金融商品を老人に売る営業マンのような、世間に対して騙して生きている罪悪感が彼女の根底にあった。蒔岡ハンナの根本的な不幸はそういった自己肯定感の欠如に原因があったといえる。


 長い残暑がようやく終わって冷たい風が吹くようになり、学校の鉄棒がひんやりしてほっぺたをくっつけると気持ちいい感じになってきたころ、鉄棒同様にハンナは思春期特有の冷めた視点を持つようになった。

 すべてがだるい。がんばりたくない。

 平塚に居た当時と同じ、傲慢かつ怠惰な思想がハンナの中で芽生えつつあった。お嬢様ごっこにも飽きた。人と会話をしたくない。

 周囲の学友にも同様の傾向はみられるが、ハンナが最も冷めきった言動をするようになった。なにもかもどうでもいい、みたいな一種のスチューデントアパシーであり、思春期の子供には良くある話でなんとも凡である。ただハンナの退廃思想は年季が入っており、それにともない勉学へのモチベーションは無限小へと漸近した。

 ただ芳しくない勉学とはうらはら、ハンナの外見が醸す雰囲気は、外見の美しさと蒔岡家の威光も相まって、大人ならともかく繊細な思春期の学友たちには抗いがたい、退廃的な魅力を放つようになった。また生意気なことに自身の魅力についてハンナは自覚的であった。ハンナは見つけた、と思った。あたしはアンニュイな美人。こっちの方が正直だ。これでいく。こっちに方針を変えよう。お嬢キャラからダウナー系にキャラ変する。

 ハンナはダルそうな表情、言動、無気力な感じを意識的に取り入れているうちに、いつしかほんとうに無気力になった。いつも黒いぶかぶかのパーカーを着て、肩まで伸びた髪を金に染めた。それは肉体が大人へ変貌する際の、精神的不均衡に対する防御策でもあった。

 なんかダルそうにしていると、周囲から怪訝な感じで見られる。つまり人間が積極的に関わって来なくなる。人間ぎらいとしては非常に都合がいい。ちょっとアンニュイな表情が、あたしの外見とベストマッチ。いいじゃんいいじゃん。何より楽だし。キャラクターが起ってる。そもそもエリクみたいに死にそうになりながら勉強しなきゃいけないなんて間違っている。あたしはこの虚無的な感じで一番になる。虚無で一番になるってよく分からないけど、なんか見つけた感じ。クラスメイトからの憧れと嫉妬の眼差しが心地よい。

 ハンナの眼は大きな三白眼だったので、授業中窓から見える遠くの景色を物憂げに眺める所作がなんとも退廃的で、それを見たクラスメイトや教師含め、吸い込まれるようなダウナー系の色気にあてられてしまうのだった。わざと口も半開きにしたりして。同年代では一目置かれるどころかカリスマ、ファッションリーダー的な立ち位置にいて極めて機嫌よく生活していた。教師なんてダサいおじさんとおばさん、って感じで、授業もそこそこに昼から飲酒をした。

 所詮偽り半分の虚無であり、アニメ史における綾波レイ、長門有希の系譜である物憂げダウナー系美少女キャラを参考にした演出は実態との乖離が激しく、ほころびを見せることもままあったが、教室内で放屁したくなった場合は必ず便所へ向かう、などの涙ぐましい努力の甲斐あってかギリギリのところで成立していた。あまりにもトイレに行く回数が多いため、蒔岡のお嬢は頻尿すぎやしないかと噂が立つという地味な二次被害もあったが、ミステリアスなイメージはなんとかキープできていた。

 

 気温が下がり厚着になるにつれて、ハンナのアンニュイな雰囲気は魅力を増していった。少しずつ涼しくなっていくにつれて感ずる謎の切なさが好きだった。 

 自分のキャラを確立し余裕が生まれてくると同時に、次第にハンナは友人がアホにみえてきた。なんでこいつらと一緒に居なきゃいかんのだ、と本気で疑問に思うようになった。一人だけアホならばバランスが取れてて、個性として片づけられるのであるが、おしなべてアホ、みんなアホなのである。しかもハンナの母の様にかわいらしいアホではなく、自意識過剰なアホであった。自身を大きく、オシャレでクール、粋でいなせな女子中学生なのよ、とアピールしようとして自らの無教養、感性の欠如故に非オシャレで不クール、無粋で反いなせになり、赤恥をかいてるのに気づきもしない、みたいなやつが多いのである。

 例えば通学鞄に小ぶりのニンニクくらいのサイズの犬やら猫やらのぬいぐるみをつけちゃう、という行為が流行し、退廃思想や無気力を是とするハンナの周囲でも同様の行為が散見された。ハンナは友人たちが競うようにしてぬいぐるみを鞄にぶら下げて、ぶら下げればぶら下げるほど粋である、というような足し算の考え方をしているのにうんざりしていた。ハンナはこういうファッションとかデザインというものは、引き算である、という奥義を知っている。ものを増やせばいいという考え方がメタボっていうかダサいのだ。その考え自体はありふれたものであるが、基本アホである女子中学生にしてはちょっと異端ではあった。たいして美しくない友人と自分との差でもある、と考えていた。なぜならハンナは己の美しさを飾り立てる必要はなく、ファッションは調和がとれていればオッケー、我が顔面の美しさを引き立てる以上の機能は必要なく、鞄やぬいぐるみなんぞが目立ってはダメだと考えていた。もちろん、蒔岡の下女達の影響であってハンナオリジナルの思想ではない。

 周囲の凡友共は陰湿な性格の犬のようにぬいぐるみを集めては鞄につけて、鞄の体積をぬいぐるみの体積が凌駕する、なんて状況になっているのを喜んでいるが、ハンナはそんなものは自らの美しさを棄損する愚行であり、アホだし陳腐だなぁ、ぬいぐるみを愛でるなどおこがましい、貴様らこそがほんとうの畜生なのだよ、とおもうのだった。第一彼女らは長い文章を読めなかった。ハンナの様にどろどろした私小説を読まなかった。そういうところもハンナは得意であった。見せつけるようにして、難しそうな本を教室で読むふりをした。感性におけるマウンティングが気持ちよかったのである。

 彼女らはしょせん持たざる者、足し算足し算で補強していくしかない。あたしはそのまま、素材の味で勝負、みたいな人間でありたいよね。と独り言をぶつぶつ言う気持ち悪いガキであったが、それは義兄エリクの求道的な努力に対して、自然体で居たいという反抗の気持ちの表れでもあった。それにハンナ独自のセンスというわけではなく、あくまで周囲の人間へのカウンター的な思想であった。過剰に対してシンプルを提示するなんてことは、ちょっとしたひねくれものが脊髄反射的におこなう些末なことであり、独自性とは程遠い只の逆パターンを選んだだけじゃん、というだけである。個性とは程遠かった。


 次第に学友たちはハンナと距離を取り始め、吐く息が白くなるころにはハンナは教室でいつも一人だった。「あれ」はさらに頻度を増し、ハンナを苦しめた。あらゆるモチベーションをかき消すような絶妙なタイミングで彼女を襲った。

 マラソン大会があった日も、途中で「あれ」がやってきて棄権した。その情報が学校経由でエリクにも伝わり、根性の無いやつ、みたいな目で見られてハンナはいやな気持ちになった。頑張りたくても頑張れない、というのがハンナの精神のなかでいつもどろどろしていた。

 「あれ」の影響もそうだが蒔岡家における家族の態度も、ハンナが虚無的になった理由の一つであった。

 蒔岡家の面々は、日に日に扱いづらくなっていくハンナに対して様々な態度を取った。

 まずは義兄のエリク。彼は義妹をあからさまにきらっていた。

 ある日の家族そろった食事の際に、

「なんでハンナはめちゃめちゃ頭わるいのにそんな社会に対してしらけた態度がとれるの? 世の中のことすべて経験したみたいな顔して、恥ずかしくないの? かっこうつけているつもり? なんで勉強したり部活を頑張ったりしないの?」

 とハンナに言った。

 エリクはこんな殺伐ムードの暴言をハンナに対して何度も吐いた。義理の妹をどうにかして傷つけたい、という悪意に満ちていた。事実ハンナはそのたびにぐさぐさに傷つき、毛沢東の嫁並の癇癪を起し、義兄にて対しハンナはいつも没論理的な反撃を加えた。

「うるさい、なまっちろくてキモいんじゃクソ人間、青びょうたん」

 と醜い罵り合いまでに発展した。去る梅雨の時期、初対面時の探り探りな初々しい兄妹のコミュニケーションは冬を迎えおかしな領域に到達した。

 母は義理の息子と我が娘の口喧嘩にかならず介入し、可憐なほどに狼狽した。

「やめて、お兄ちゃん、ハンナもだめよ、そんなどなったら。女の子が、だめよ、多分。お父さん。ね。いや男の子だからってどなってもいいというわけではないんだけども、そういう配慮もしていきたいよね、って発想を持たないと、ね、おにいちゃんもそう言った理路整然とした言葉でハンナを責めちゃだめよ。理路整然はなんか感じ悪いでしょ、だって筋が通ってるから強い、そう、強いのは怖いじゃない、だからだめ、だめよ、なかよくして、そうだ、お寿司を食べましょう。助六、は、まぐろ入ってないか。とにかくみんななかよく、寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司、電話はどこ、とにかくだめよおこっちゃ、あれ何がだめかわすれたけどとにかくだめ、だめなのと寿司、と電話。助六はまぐろ入ってないよ」

 右のように母は義理兄妹のケンカに対する反応はいつも同じであったが、それはそれなりに事態を収拾する効果があった。ヒステリックに意味の接続しないことを独特なリズムでくっちゃべり、御髪は乱れ、眼が回っている様な有様で、だめ、だめ、とふらふら、立ったり座ったりしながら繰り返すのである。この場の誰もがこのおばさんやばいな、とおもった。娘であるハンナでさえおもった。ジョルジは母がぶっ倒れたりしない様、すぐにサポートに行ける位置で緊張しながら待機していた。母は未だ着物に慣れていないにもかかわらず、自分の筋力に合っていない突飛な行動をとるので、着物の裾を踏んでよく転ぶ。咄嗟に受け身をとるような運動神経もないので、どこかに体を強かに打ちつけることがままある。ジョルジをはじめとした下男たちはは常に気を張っていた。おばさんのくせにテンションの高いときは大階段から飛び降りたりするので、クソガキであるハンナよりも気を使う。ジョルジは母のきりきり舞いを注意深く眺めながら、もしかしたら寿司を自分も食べさせてもらえるかも、とか考えていた。エリクは自分のせいで気の毒なほど混乱している義母に気を使って矛を収め、忌々し気にハンナを睨んだ後、自室へ帰った。そんな情緒不安定気味な三人によるばかばかしいもめごとが頻繁に繰り返された。

 アホガキであるハンナから見ても、義兄エリクの知性は留まることを知らず、およそ凡人には理解不能の領域まで到達していた。母のみていないところでエリクと日々罵り合いをしていたハンナは、次第に兄の言っていることが分からなくなってくる、という不思議な感覚を体験していた。早口で聞き取れない、聞いたことのない単語が出てくる、彼にとって自明である論理の省略によって飛躍した議論に頭が追い付かないなど。ヒートアップした口論の最中に、それってどういう意味なの、というのは屈辱的だし敵対的な立ち位置がぶれるので聞けない。歳が五つ違うということもあるが、そういった雑事に精神を千々に乱された彼女は、論点を忘れ感情的に反論せずにはいられなかった。完全に論破されたときなどは、注射を嫌がる風邪気味のチンパンジーの様にあばれ、テーブルに乗る、地団駄を踏むなどの過激なボディランゲージでエリクをロジックではかなわないまでもビジュアルで圧倒した。あるいは、なんで勉学を頑張らないのか、というエリクの問いに対し、挑発を目的とした舐めた態度をとる場合もあった。椅子の上に膝を立てて座り、無意味に自分の腹をぴしゃん、と叩いて「だって面倒くさいじゃん」と言ってあくびをするなどした。その下品な様を、もしハンナを憧憬しているクラスメイトの歴々が見たら失望するだろう。得意の悪口である青びょうたん、は我ながら古風で気の利いたフレーズだなあ、とハンナはおもっていたが、エリクには古い小説に出て来たニッチな単語を使って得意になっている、と受け取られ、ハンナの幼稚さをさらに印象付けることとなった。

 義父はというと、ハンナとエリクがどれだけ醜い喧嘩をしようが、ハンナが目の前で豪快に未成年飲酒をかまそうが、一貫して静観、難解な抽象画を前に呆然としている美術素人のような目つきで睥睨していた。彼はハンナとほとんどコミュニケーションをとらず、ハンナの方も遠慮していたので、心情を交わすようなことはほとんどなかった。彼は基本的に思索を巡らせることに忙しく、家族と過ごす時間もほとんどしゃべらなかった。

 母は、典型的な反抗期であるハンナに対して、自分もかつてそうだったことを忘れているのか、このバカ娘、信じられないですよね、という態度で相対した。娘は己の理解者であり、自分と共感してくれるのが常であったから、これまで彼女は生きてこれたのだった。急に卑屈になっちゃって、そりゃないよ、というのが彼女のハンナに対する印象のすべてであり、母親として根底にあって然るべき、娘の将来への協力的姿勢は皆無だった。彼女の娘に対する愛情が薄いというより、彼女は蒔岡の嫁として今を生きることに精いっぱいで過去や未来の事を考えたりする要領が分からないのであった。ハンナのことは正直、ジョルジに任せときゃいいか的な考えを持っていた。いいかげんな女である。

 母は母でまた違った悩みがあった。

 いくら着飾っていても、夫である蒔岡リュウゾウが無反応で、嫁いで以来まったく手を出してこないのである。母はおもった。自分でもわりと品良く美しい外見になったとはおもうのだが、なんであの人は私にエロいことをしてこないのかしら。いちおういい感じの妻、やってるとおもうんだけどなぁ。ふしぎー。母にとって男性とは得体のしれない存在であったし、前夫の異常な精神に根差した旺盛な性欲が記憶に新しかったので余計不思議であった。彼女はハンナ程自分の容姿を誇りにおもっておらず、むしろ他の男をひきつけすぎてしまう厄介なものと認識していた。だが現状は夫に女性としてみられているかどうかさえわからぬ。夫として最大限の気遣いと優しみを感じていて、幸福ってこのことかしら、なんておもったりもしたが、彼の性欲の乏しさへの疑念はおじさんの内臓脂肪のごとく膨らむばかりであった。男の性欲に理解ありますって顔して「溜まってるでしょ、手でヌイてあげよっか? なんつって」みたいなことを言おうかしら、と頭によぎるタイミングがあったが、これできらわれたらいやだわ、という思考が彼女をとどまらせた。また暴力振るわれたら超怖いな、という懸念もなくはなかった。

 次にジョルジである。ハンナの放埓な日々に対して寛容であった。彼女が渋谷円山町付近の繁華街で夜更けまで戯れても不問、って感じで迎えに行ったり、今日は何して遊んだんですか、なんて聞いてきたりする。するとハンナは調子に乗って、最近のマイブームが気の弱そうな女性教師をからかう事であったりとか、わざと肌や腋をみせて思春期に差し掛かってきた同輩男子を興奮せしめるのを楽しむ、なんて非道徳的な事を語ってもまたしても一切不問であった。父や母にも報告していないっぽいので、ハンナは肩透かしというか、ジョルジはあたしにとってどういう立場なのかな、お目付け役ではないのか、とちょっと不可思議におもうことがあった。エリクや義父の得体がしれないのはともかく、この巨体のファニーフェイスも不可解であった。都合よく、大人だけど友達で、あたしの言うことを全部聞いてくれるいいやつ、みたいな認識だった。


 右記のように蒔岡家の中でエリク以外は反抗期のハンナに対し突っ込んだコミュニケーションを取らなかった。そのためかあるいは平塚時代に無能な母の代わりに代替の家事をこなしていた反動か、ハンナは宇宙のすべてに対して無気力になった。無理をしていたのをやめて、もともと持ち合わせていた逃避と怠惰の才能が露呈したという方が正しい。

 一番好きな休日の過ごし方は、まず昼まで寝て、起き抜けに渋谷の街へ自転車で繰り出し、お気に入りのカフェでハンバーガ―とコーヒーを飲む。実はコーヒーはにがいのできらいなのだが、無駄にがまんして飲む。その後すぐに自室へとんぼ返りして、漫画や映画を見ながらベッドに転がり覚醒と眠りのあわいを楽しむ。夕方に目を覚ましたら、ジョルジの眼を盗んで部屋に貯蔵してある低級酒をちびちび飲み、天井を一点に見つめながら「仮面ライダーAGITO」をうたいつつチョコレートパンを食いながらまた寝るというものだった。

 ややこしい性格だが根はどこか気楽な娘である。齢十三にして人として最底辺な感じのすごし方を身につけたハンナであったが、そんな好き放題をしていても、時折くる「あれ」の謎のぺらぺら感はハンナの精神を不安定にした。恐怖心はもう慣れてしまって無かった。だがそのぺらぺら感は、もう何もかもぺらぺらなんだから、全部どうでもいいじゃん、というやけくそマインドに拍車をかけた。

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