第12話

 一番痩せた首を、一番最後にへし折った。

 逃げ出そうとしていたところを後ろから捕まえたので、足は反対側を向いたままだ。

 中途半端に開いた口から血泡ちあわがあふれ出た。そう言えば、なにやら命乞いめいたことを叫んでいる気がする。こぽりと、血があごを伝ってれた。

 ――きたない。

 腹がたった。

 苛立ちに任せて首根っこを引き抜いて、放り投げた。がさりと重い音がする。梢のどこかに引っかかったのだろう。頭を失った胴体はあっけなく崩れ落ちた。

 生きる者のいなくなった場所を、ツチは歩き始める。血だまりを踏みしめて進むと、草履ぞうりの裏がにちにち音を立てた。うち捨てられた松明が、一面の赤の中で細い煙を立ち上らせている。

「そうしょう」

 紺鉄の亡骸のかたわらに膝をついた。

 なんの因果か、むくろはあの夜、二人が月を眺めたのとちょうど同じ位置にあった。

「ごめん」

 毛皮に包まれた手をとる。ひとと同じ骨格かたちで、ひととは決定的に違う山犬の手だ。火照ほてったように熱いツチの手の内で、しんと冷え切っている。

「あんたの毛は堅くて柔らかなんだね。初めて見たときは、なんて綺麗なんだろうと思ったよ。あのときは――ちょっとびっくりしただけなんだ」

 豊かな毛並みごしに感じた手首は、驚くほどに細い。ずたずたに切り裂かれた白藍の袍からのぞく脇腹にはあばらが浮いている。

 本来、獣を狩り肉を食すべき生き物なのだ。血肉が命の糧となる定めの種なのだ。

 異常なほどに痩せているのは、彼が肉を採らなかったためだ。菜やら、芋やら水菓子くだものばかりを口にしていたためだ。

 ひとで、いたかったゆえに。

霜霄そうしよう、あんたが好きだったよ。自由で孤独なあんたが好きだった。ひとをいといながらひとをうていた、かなしいあんたが好きだった」

 握りしめた手の中から、なにかがころりと転げ落ちた。

 賽子さいころ。鯨の骨の。

 手すさびを、していたのだろうか。あの、たった独りになった屏風の内で。

 ああ、とツチはうめいた。顔がくしゃくしゃに歪む。なにかをうように、己のひたいを裂けた胸にりつけた。

「私はあんたからなにもかも奪ってしまう。あんたが大事にしていたもの全部」

 自由も、孤独も、ひとの矜持きようじも。

 木漏こもれ日も、ぬくもりも、名も、ひょっとしたらその優しさすら。

「ごめんよ、ごめんよ。でも、私は――」

 墨色の雲が空を覆った。月を隠し、星を塗り込め、この世を黒に落とす。

 一筋の光もささぬのに、それはぬるりと確かに光った。

 ついの牙。

 蛇に似た、薄く鋭い、穿うがつための造作の。


 ――私は、あんたがいなくなるのは嫌なんだ。


 白い髪が、紺鉄の毛皮に埋もれた。

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