第11話

 男は、鉄兜てつとう又安またやすと呼ばれている。

 流れ者である。その中でも、最悪の部類に入る。金と引き替えならば、おどしやかどわかし、人殺しもいとわぬ手合いだ。もっとも、実際には又安がその自慢の槍を振るうことは少ない。又安の六尺豊かな身体を見ただけで、大抵の者は”ぶるって”言うことを聞いてしまう。

 六の辻で出された布令ふれは、久方ぶりの大きな獲物だった。

 八人の手勢で割っても、数年は遊んで暮らせるほどの褒美ほうびが手に入る。八人で割らぬ場合は、数年が一生に変わる。無論、又安は後者をる気でいる。七人殺めるのは少々骨だが、なに、”事故”は起きやすいものだ。正面から立ち会ったとしても、負ける気などは微塵みじんもしないが。

 口の端に笑みを浮かべて、又安は命数わずかな――と、又安は予定している――仲間たちを見る。どいつもこいつも、似たり寄ったりの流れ者だ。

 手勢の内で最も痩躯そうくの、又安が内心、最も嫌っている男が、地面にうずくまる大きな毛のかたまりを足先でつついている。いやらしいにやけづらは、鼠に似ていた。先ほどまでは一番後ろでちぢこまっていたのに、既に危険がないと見るや、この仕儀だ。あいつを真っ先に殺そう、と又安は決めた。

 木々の間に隠れるようにして口を開けた洞窟を見つけたのは、夕刻も迫った頃だった。

 松明をかざしながら慎重に中を調べて驚いた。

 ひとの暮らしていた形跡があるのである。一通りの調度類が揃っていた。

 屏風の向こうから衣擦きぬずれの音がした。鼠顔の男はあっという間に逃げ出した。

 槍を構えながら、声をかけた。

 自分たちは山に逃げ込んだという盗人を追っている者だ、と。

 盗人など知らぬ、とにべもない答えが返ってきた。

 なんだか赤子のような、不明瞭な発音だった。

 そうかそうか、ところであんたはこんな場所で暮らしているのか――なぞと話しかけながら、又安は慎重に気配を探る。洞窟の主以外の気配はない。細々と並んだ調度類は、古びてはいるが品は悪くない。特に、この屏風は叩き売っても良い値がつきそうだった。

 思うが早いか、槍の穂先で屏風を跳ね上げた。

 又安は、狩りが好きだ。

 獲物が無抵抗なら、なおさらだ。

 洞窟から引きずり出して、こうして検分するのに、時はいらなかった。

 綽名あだなの由来になった石頭を撫で上げてから、又安は大股で毛の塊に近づいた。痩せ男が、怯えたように道をあける。

 しゃがみ込んで、毛皮に包まれた首をつかんだ。耳まで割けた口から、だらりと舌がれる。

 珍しい紺鉄の毛だ。これもきっと、高価たかく売れる。じっとり血に濡れているが、洗えば問題ないだろう。

 腰に手挟たばさんだ匕首あいくちを抜く。獣の皮を剥ぐときは、首と胴に切れ目を入れてから一気にむしり取るのが定石だ。

 匕首の刃先を死骸の喉に突き立てようとしたその時だ。

 かさりと、葉を踏みしめる音が背後でした。

 顔を上げて振り向くと、木々の間に誰かが立っていた。

 まだ若い男――小僧こどもだ。

 夜目にも目立つほどの、真っ白な髪をしている。

 八人分の注視など無いもののごとく、ふらりふらりと又安に近づいてくる。色のない唇が、何かの――誰かの名前を呟いたようだった。

 誰だ、と問う胴間声どうまごえにも、小僧は足を止めない。

 当然ながら、八人全員が太刀や槍に手をかけた。警戒はするが、殺気までは放たない。相手は一人きり、それも餓鬼がきだ。

 槍を構える又安の側までやってきて、小僧はすとんと膝をついた。

 おこりにかかったようにぶるぶる震える手が、毛皮に包まれた大山犬の頬に当てられた。

「――ころしたか」

 平たい声で、小僧が言った。

 うつむいた小僧の表情は知れない。又安の位置からは、小さな後頭部と細い肩しか見えない。

「これを、なぶったな」

 声は、おそらく又安にしか届かなかった。

 だからというわけでもないが――又安は笑い出した。

 ああ、なぶった、嬲り殺した。犬のくせにひと噛みたりともしてこなかった。人食いの化け物が聞いて呆れる。肩すかしもいいところだった。

 実質的な首領である又安の大笑に、手勢の者たちもつられて笑う。

 ははは、ははは。

 恫喝どうかつに近い笑い声が、風に乗り梢を渡る。

「そうか」

 小僧がゆっくりと立ち上がる。未だ、顔は知れない。

 風が止んだ。

「おまえたちもおなじようにしてやる」

 ぜるようなふたつの朱が、くらがりの中からあらわれた。

 それが、又安がこの世で見た最後の光になった。

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