第7話

 ヤッと蜻蛉とんぼを切って、ツチは地面に舞い降りた。

 もはや見慣れた洞窟の中に、細かな土煙が立つ。

 どうだ、という思いで振り返ると、屏風の中から感心半分、呆れ半分のため息が聞こえた。

ひんじられん」

「言っただろ、頑丈だって」

 これでも遅かったくらいだ、と言って右足をぶらぶらと振ってみせる。

「あんたの手当のおかげでもある。世話になった」

 定位置となった畳の上に戻って、ツチはやりかけの仕事に戻った。あぐらをかいて座り込み、縄をい始める。足ごと貫かれた草履ぞうりだが、反故ほごにして編み直せばふもとの村までは持ちそうだった。

「ここまでよくしてもらって礼の一つもできないのは、やっぱり心苦しいなあ」

「構わないと何度も言った」

「いやいや、あんたが構わなくても、こっちの気が――そうだ」

 懐を探って小袋を取り出す。逆さにすると小さな塊が二つ、ころりと手のひらの上に転がり落ちた。ツチご自慢の、鯨の骨の賽子さいころだ。

「これをやろう。ちょっとした品だぞ。売ってもいい値がつくはずだ。昔、賭けに勝って巻き上げてやったんだ」

「……あなたでも勝つことがあるのか」

「こいつ!」

 大笑いして、ツチは二つの賽子を枕元に置いた。こうしておけば、好きなときに霜霄そうしようが回収するはずだ。

 出鱈目な鼻歌を歌いながら縄をっていると、

「――長くかかる旅なのか」

 と、かすかな声が訊いた。

「分からない。そうでないことを願ってるけど」

 沈黙が降りた。縄が充分な長さになったところで、また、声がした。

「双六は、独りではできないものだろう」

「まあ、そうだな」

 再び、沈黙。

「その賽子は高値こうじきだと言ったな。受け取るわけにはいかない。――故に、預かっておくことにする。いずれ返す、あなたに」

 ツチは「そうか」と答えた。

 出立のときが近い。

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