第5話
下弦の月が夜の
立ち上がるだけでもひと月はかかろう、という
驚きを素直に表す
「私は体が頑丈なんだ」
と、自慢げに胸を張った。
そうして、今、二人は
「月見でもしないか。実は少しいい酒を持ってる。あのあたりに
漆で光る
「なあ、いいじゃないか。あんたはその屏風ごと出てくりゃいいよ。絶対に屏風の内には入らないって約束する。今まで通り」
その言葉で
めずらしく、
「こんな場所で酒など飲んでいては、追っ手に見つかるのではないか?」
おや、とツチは片眉を上げてみせる。
「私が追われる身だと、気づいてたのか」
「あなたの態度で。なんとはなしだが」
ツチは
「まだ――時が許すと思う。ここは竜背の川の支流の、そのまた支流のさらに山奥だろう。私を追う者たちは精強で恐ろしいけど、
いつかは必ず追いつかれる、あいつらはしつこいから。ツチはうっそりと笑う。
「いい機会だから言っておくけど、もし私が
「追っ手をよく知っているような口ぶりだ」
それどころか、ほのかな親愛まで感じさせる口調だ。足に大穴を空けられた相手だろうに。
「まあな。――
土器を持つ
「共に育った――違うな、私を育ててくれたひとたちだ。と、言っても実のきょうだいってわけじゃない。子どもの頃、実の親には捨てられてな。口減らしって奴だ。で、死にかけた私を拾ってくれたのが、今の身内。その時から、兄姉とはずっと一緒に暮らしてた。そりゃもう、
「なぜ追われている」
それを聞いちゃうのか、とツチは苦笑した。
「私が旅をしているのは、あるひとを殺すためだ」
白濁した酒の面に浮かぶ月は霞んでいる。ツチはこういう月の
「あなたは殺し屋なのか」
「違う。ああ、いや、そうなのかな。今だけだが」
「誰を殺そうとしている」
「――親だ」
私を拾ってくれたひとだよ、とツチは答えた。
体を硬くする気配は、あまりにもあからさまだった。
「多くは聞いてくれるなよ。お家騒動だとでも思ってくれ。私は親を殺したい、兄姉は殺させたくない。だから私を殺してしまおうとしている。なかなか血なまぐさい一家だろう」
ああ、酔った酔った。余計な話までしてしまった――とぼやいて、ツチはごろりと
この程度の酒では、ツチは酔ったりしない。
兄姉は、いずれはこちらの足取りをつかみ、
助けられた礼とは、少し違う。
つまるところ、ツチはこの顔さえも分からぬ奇妙な男が気に入ったのだ。とても。
「あなたは――実の親には殺されかけ、
「そうだ。最悪だろう」
だが、予想していたようなものは、
「私も、親を殺した」
ツチは思わず手枕から顔を上げた。
屏風はただ、平坦にそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます