第4話

 ――なるほど、自分とは正反対の人間のようだ。

 ツチはそのように恩人を評価した。

 出自を訊ねれば言葉を濁したが、霜霄そうしよう貴顕きけんの出であることに間違いはあるまい。話をすればもっぱら聞き役に徹してはいるものの、言葉の端々に教養の高さが滲み出た。諸国の文物に通じ、医療や天文には特に詳しく、詩や管楽までもこなすようであった。高貴な人の風習なのか、いつもせ返るほど香をたきしめていた。

 その代わりに、下々の――ていに言えば下世話な風俗はことごとく知らない。博奕ばくちなど、もってのほかだ。

「双六を知らないのか!? あれほど面白い遊びはないぞ!」

 と、仰天したツチが、一手御指南することと相成ったのは、二日目の夜だった。

 15個ずつ必要な白と黒の石は、いつの間にやら霜霄そうしようが拾ってきてくれていた。盤は地面に直接マス目を書けば事足りた。肝心の賽子さいころはと言えば、幸いにも、荷物の中に流されずに残っていた。くじらの骨を削ったツチ秘蔵の品だ。

 霜霄そうしようは相変わらず屏風から出るのを渋ったので、勝負は全て声だけで行われた。屏風の中の声に従って、ツチが両方の石を動かし、二人分の賽子を投げるのだ。

 にも関わらず、三日目の明け方にはもう勝てなくなっていた。

「あんた、強すぎないか?」

「あなたが弱すぎるのだ。根本的こんほんへきに、全く賭け事に向いていないと思う」

「むかつくなぁ……」

 四日目には、そんな遠慮のない会話までできるようになっていた。

 足の当て布は、目覚める度に新しくなっていた。薬湯も、日々の食事も、ツチが眠っている間に用意されていた。

 よくしてもらっていると思う。

 身内以外の人間に、ここまで気にかけてもらったことはない。

 だから、こんなことを言うのは、本当に心苦しいのだが――

霜霄そうしよう、頼みがある。一生のお願いだ」

 なんだろうか、と返す声音はどこかぼんやりしている。次の手を考えているのだろう。

「――肉が食べたいんだ」

「……にく?」

 思ってもみないことを聞いた、とでも言いたげだった。

「猪だとか贅沢は言わない。鹿――いやいやいや、鳥でいい。小鳥でいい。うずらを、軽ーく炙って塩をしたのでいい。むしろそれがいい」

 霜霄そうしようが整える膳に上がるのは、菜や芋、干した果物ばかりだ。不味まずくはない。不味くはないが、回復途上にある若い体には、どうにも食い足りない。

 この通りだ、とおがむ姿は、どうせ屏風の向こうでからは見えないのだけど。

「肉は――好きではない」

 ツチは目を丸くした。こちらもこちらで、思ってもみないことを言われた体だ。

「あんなに美味うまいのに!? 雉肉なんか、煮てよし焼いてよし蒸してよし。ひしおをつけてもいけるし、贅沢に甘葛を塗ってもいい。ああ、山椒なんかも捨てがたいな。皮をぱりっと強火で焼くと、じゅうじゅう脂がしたたってこれがもう――」

 たまらないんだ、とツチは今にもよだれを垂らしそうな顔をしてみせた。

「食す習慣ひゆうかんがない」

「そうなのか。まあ、やんごとないひとは鳥獣の肉を忌むとも聞くしな。なんだっけ、殺生がどうのとか。しょうがない、忘れてくれ。にしても――食べたいなあ、鳥ぃ……」

 翌日、膳には蒸した川魚が供された。

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