第22話 グラハム砦「開戦」

 不愉快なほど首が重い。

 やっぱりはっきりと言わねばならない、そう決意した。


 その時、まぶしい閃光が視界を覆い、世界が色を失った。


 壁に向かって、いきなり放たれたドラゴンのブレス。戦闘は帝国の無作法で幕を開けた。


 轟音が轟く。


 大丈夫か?


 壁にぶつかったブレスが拡散していく……。


「どう凄いでしょっ!」

 リズが胸を大きく張ってふんふんと鼻息荒く自慢をした。


 確かに凄いと思う……いやびっくりだよ。

 いろいろあって、正直、あの壁は信用ならんと思っていた。


 壁は無傷で、熱のせいだろうか、水蒸気のような煙を漂わせ堂々と健在している。


「まさか、壁が、ドラゴンのブレスに耐えるとはな」


 確か手前の壁が絶望の壁で、二枚目が絶対だったか……やっぱ、こう、絶対ダメだろ? あの壁……。


 思わずぽかーんと眺めていると、異常なほどご機嫌なリズが俺を叩き、背中が「のじゃっ!」と悲鳴を上げた。


「やだあー、隊長ったら、やっぱ、分かっちゃいますよねっ」

 分からないよ!


 何だよ、そのテンション!


 さっきまで不機嫌だったリズがハアハア興奮しながら壁を見ている。

 壁がそんなに好きなのだろうか?


 リズが小首を傾げ、様子を伺うように聞いてきた。

「どうしました?」

 やべっ、ちょっと引いてたのがばれたか?


「いや、やっぱ、あれを作った奴は凄いなと考えて」

 ついでにネーミングセンスもな!


 絶対、壊れる前提だろ、あれ……。


「やだあー、そんなに褒めないで下さいよっ」

 もうっ、のじゃのじゃ、と連続肩叩きをくらってしまった。


 そんなに壁が好きだったんだ……。

 なら大陸有数の巨大さを誇る、絶望と絶対の二枚壁には凄い愛着があるに違いない。


 国境線への防衛に向かう時に立ち寄ったグラハム砦。そこで、アレンからの依頼でリズを残した時、彼女は「私を置いていかないで」と何度も言っていた。あれは、照れ隠しで、残るのが本望だったのだろう。


 閃光が走る。

 二発目のブレス!


 壁の手前にブレスを防ぐような格好で大小様々な魔法陣が浮かび上がる。

 それらが盾の役割を果たしていた。


「見ました、私の傑作ですよ」

 メガネを掛けていたなら、彼女はレンズを光らしていたに違いない、それほどのドヤ顔で言い切った。


「隊長、あれはですね……」

 リズは仕組みを語り出した。


 今も凄い勢いで説明をまくし立てている。


 要約すれば、そう簡単に壁は壊れないし、ドラゴンが飛び越えて行くことも出来ないらしい。


「そんな魔法式は成立せんのじゃ」

「ライラちゃんは見逃してるのよ、よく聞いて……」

 俺を通り越し、リズと背中が熱い魔法トークを繰り広げ始めた。


 背中の、のじゃ、が面倒臭い。

 俺の首に腕を回しぶら下がっている自称古神龍ライムーラ、愛称ライラが、まじうざい。


 眩ゆいばかりの閃光に目を細める。

 帝国のドラゴン数十匹が一斉にブレスを放ったのが見えた。


 圧巻の光景は酷い結果を想像させる。


「私の計算では、私の計算では……」

 リズはあたふたと祈りを捧げる。


 圧倒的な力の前に、あの壁が耐えるとは思えなかった。


「可愛らしいブレスじゃ」

 のじゃっ娘ライラが生意気を呟く。


 うわわっ、あつっ!


 コイツ! 俺に黙ってやりやがった!


 俺の肩から光線が撃ち放たれ伸びて行く。

 それは凄まじい勢いで天上を目指し真っ直ぐに向かって行く!


 帝国のドラゴン数十匹が一斉に放ったブレスをかき消し、空を覆う雲に穴を開け、遥か彼方、天上の先へ消えて行く。


 腐ってもドラゴン、いやロリっても彼女はドラゴンだったらしい。


 彼女は俺の肩に顔を乗せブレスを放ったのだ!


 許せん!


「どうじゃ、我のブレスを耐え切るものなど、この世界には存在せん!」

「嘘を言うな!」

 ゴンと彼女の頭をゴンとする。


 それにしても、帝国のドラゴンも質が落ちたものだ。


 幼女なんかに化けるドラゴンにブレス負けするとは情けない。


「嘘じゃないのじゃ、主人様がおかしいのじゃ……」

「突然、余計なことをするな!」


 おかしいとは、俺がライラのブレスに耐えたことを言ってるのだろう。

 違いが分からん、どのブレスもグッと耐えれば大抵は大丈夫だ。


 それよりも黙ってブレスを撃つなんてビックリ……じゃない失礼だろ!


 ブレスを口から撃ち放つときは、声を掛けるのが礼儀なんだよ!


「そうよ、余計なことはしないで下さい。私の計算では大丈夫なんですう」

 リズの怒りも当然!


「おい、次するときは声を掛けろ、いいな」

「分かったのじゃ……」


 それと、もう一つ、ライラに聞きたいことがあった。

 彼女の同類の事だ。

 もう、だいたい答えの見当はついているが……。


「なぜ、奴らは、壁にしかブレスを放たない」

 最前線に掲げられている大きくて立派な軍旗を見つめながら疑問をライラに投げた。


 壁が無理なら手前に敷かれた王国軍を狙うのが道理というもの。


「ブレスは連続で放てないのじゃ。そもそも、ブレスとは世界の魔素マナを体内の器官……」

 はい、予想通りの回答を頂きました。


 何やら長い理由を語り続けているが、要するに気合いの問題。

 それと、連続で放てないから、最大火力は、邪魔な壁へ集中させる。


 そして壁の手前に敷かれた王国軍は物量に任せ打ち破るのが帝国の作戦だ。


 呻き声と臭い匂いを風が運ぶ。


 遠くに見える大地を覆う異形の軍団……。


 普段、役に立たないライラも、いろいろ重宝する時がある。


 異形の者、つまり魔物は数が少なく滅多に出会うことはない。絶滅している種も多いぐらいだ。


 彼女は、その辺りに精通している。


 お互い目が良いので、今は個々の姿が豆粒ほどに見える帝国の第一陣について聞いてみる。


「ライラ、あれは何という種族だ」

「主人様、あれは大きいのがオーク、小さいのがゴブリンじゃ。オークは美味いが、ゴブリンは不味いのじゃ。不味いものを召喚するとは皇帝の趣味が悪いのは相変わらずなのじゃ」

 このように、答えてくれる。


「オークは初めてだな……強いのか」

「人が敵うような魔物ではないのう。主人様たちなら余裕なんじゃが……」


「よし、ブレスを奴らへ撃ち放て!」

 先程見た威力から察するに、あの辺り一帯はこれで終いだろう。


「主人様?」

「何だ? もう撃っていいぞ」


「……」

「気合があれば撃てるはずだ」

 もう、じれったいなあーー。


「主人様は説明を聞いてないのじゃっ!」

「要するに気合って話だろ?」


「そんなにバンバンと撃てる都合の良いブレスなんてないのじゃ!!」


 ちっ、使えない奴!


 張り切って最前線に陣を引いた伯爵の兵士達の方へ、オークとゴブリンの混成軍は向かっていた。

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