第20話 グラハム砦「伯爵」

 神は人に試練を与え成長を促し、悪魔は願いを叶え不幸にする。


 この世界なら誰でも知っている常識だ。


 これに従うなら俺は戦わないで、頼りない部下に荒事を任せるのが良いのだろう。

 そうすれば、馬鹿ゴリラのトルンも剣を覚えるかも知れない。


 いや無理だ、あいつはゴリラだから絶対無理!


「君が知ってる伯爵を教えてくれないか?」

 指揮所を移動中、唐突にアレンが俺に聞いてきた。


 伯爵のことは常識程度にしか知らない。


「伯爵は眉毛が太い、それだけだ」

「はははは、そうそう、君の言う通りだ、上手いことを言う」

 貴族ジョーク恐るべし、アレンはいつに増して大喜びで笑った。


 階段を下り、長い廊下を歩き扉を開ける。


 嫌な場所に連れて来やがる。


「君も掛けたまえ」

 アレンは指揮所の会議室、そのテーブルの席の一つを俺に与えた。


 会議の席には限りがある。

 立って参加の貴族もいるぐらい……。


 席は九つ、俺に促した座席はアレンの隣、しかも左手だ。バカヤロウ!


「アレン卿、ご配慮、ありがとうございます。しかしながら辞退致します」

 俺は丁寧にお断りをした。


 アレンは腹黒い男だ。

 ほいほいと誘いの乗っては窮地に追い込まれる。


 人の強さとは力では無い。

 知恵だ。


 だからこそ、人間は地上で最も恐ろしい生き物になれたのだ。


 颯爽と、一人の男が現れた。

「アレン卿も酔狂はおよしなさい。首をはねるのも手間が掛かります」

 先程、アレンが勧めた席に向かうのは、白いスーツに黒いマントを羽織った中年の男、ノワール伯爵だった。


 ノワール伯爵とは初対面だがすぐに分かった。


 噂通り眉毛が太い。

 顔のパーツはそれ以外全て細いから、なおのこと目立つ太さ、凄い太さだ。


 そして、やはりアレンは腹黒い。


 もし彼の甘言にのっていたら王国を敵に回すことになる、そうなれば、ククルの願いは叶えられない。


 敵を増やすことは、幸せを遠ざける。


 そんなことは俺にも理解出来た。


「ノワール伯爵、そこは、あなたの席じゃない」

 アレンは、太い眉毛のノワールに右側の座席を指した。


 太い眉毛の彼は凄い形相だ。

 太い眉毛が大きく動き眉間に深いしわが寄っている。


 伯爵の太い眉毛が眉間に寄るのも理解出来る。


 さて、この砦の総大将は国王よりアレンが任じられてるようだが、家督を継いでいないアレンの爵位は太い眉毛より下だ。


 一番の上座はアレンが座っている。

 太い眉毛かアレンかは、彼らの政治力でここは決まるのかも知れない。


 これは、くだらない貴族社会独特の知恵の争い。

 全く俺には興味のない世界。


 さて、アレンは太い眉毛より状況は優勢のようだ。

 彼が上座に座っているのだから、流石、姫さまの婿になる男といったところ。


 それでも、二番目の上座は、俺じゃなく太い眉毛に座らせるべきだった。


「アルカナの隊長、君がこの席に座れ、この中で君が誰よりも一番強い」

 アレンの言葉に嘘はないが、真意が読めない。


 貴族の権力争いを見るのも嫌いだし、ましてや、関わるなんて真っ平ゴメンだ。


「グラハムの小僧、無礼もほどほどにしてもらおう。生きてる価値もないゴミが、この席に座るなどありえん!」

「私が三番目の席を貴方に用意してるのは慈悲と思って頂きたい。戦う気がないものは、本来、この場にいるべきでは無い!」


 おいおい、別にいいよ、大貴族様にはそもそも戦いは期待してないし……。


「小僧! 貴様、わしを愚弄する気か!」

「真実ですよ、あなたは戦わない。それに、友人をゴミと呼んだ無礼は、あなたの爵位に免じて許しましょう」


 友人?

 何を考えてやがる!


「おい、アレン卿!」

 不味い、思わず口を挟んでしまった!


 こいつは同時に、王国の二つのタブーを犯した。


 一つ目は、家督を継いでないアレンが伯爵を、しかも大勢の貴族の前で裁くなんて無理だし罪に問われかねない行為だ!


 二つ目は、俺を友人と呼んだこと。


 最悪だ……。


 王国では、いや、この世界では、俺たち屑の天職を授かったものは人では無い。


 救いようが無いのは、ククルース教、その教典とされる神話の中で厄災とされる天職を授かった俺を友人と呼んだこと。


 その重大さを分からない奴では無いはずだ!


「大罪だ! 皆、見たか! 小僧が大罪を犯しよったぞ!」


 それ見ろ!

 太い眉毛が大はしゃぎだ!


「大罪? 私が?」

「言い逃れは見苦しいですよ。グラハムの小僧! 灰色の屑人部隊、しかもアルカナの隊長といえば口にするのも恐ろしい厄災の天職、そのゴミが友人とは、これが大罪でなければ何だというのだ!」


「アルカナの隊長、早くこの席に座りたまえ」

 アレンは平然と席を勧めてきた。


 こいつの真意は未だ計りかねるが、もう、断る理由が殆どないような気がする。


「アレン卿、すまないな」

 もう、どうにでもなれだ!


「す、座りよった、皆、見たか! 小僧が厄災に席を与えよったぞ!」

 太い眉毛は愉快に笑いながら大はしゃぎだ。


 しかし、不思議にも会議室の空気は冷めていた。


 こういう場合、もう少し、いやもっと、そう、今のこの眉毛みたいに笑うとは、いかないまでも、場が相当乱れるのが道理だろう。


 だが、会議室は静かで、冷たく、沈黙していた。


「さて、ニケール男爵に証言をしてもらおう、君が見捨てた領民と兵達の事を……」


 それから示し合わせたように、証言が続いた。


 それは、俺の、俺たちアルカナの部隊の戦いの記録。


 国境線の奮戦から今までの……。


 誰も見てないし、認められないと思っていた戦い。

 それが、こと細かく語られていく……。


「伯爵、これでも、このアルカナの隊長が厄災だと、あなたは侮辱するのですか?」

 太い眉毛の顔の血色が悪い。


「このゴミが何をしてきたか問題では無い! これが悪だと神話に描かれているんだ!」

「伯爵、神話には悪とは一言も書かれてませんよ、ただ厄災としか記されてません」


「そのような屁理屈!」

「さあね、私もよく分かりません。ただ、私は彼を見て友と思う。この場にいる者たちは、皆、彼に好意的だ」


「ならば……」

「伯爵、やめておきなさい、そして、直ぐに、この場を去って頂きたい!」


「く、覚えておれ!」

 太い眉毛は逃げるように会議室を出て行った。


「放っておいて良いのか、アレン卿」

「君も酷いことをいう。この場で彼の息の根を止めなくても良いだろう」

 おい、アレン、俺、そんな物騒なことは言ってねえ!


「そうですよ、アルカナの隊長さん、あなたの戦功は目を見張るものがある」

 知らない貴族達が賛美の言葉を次々に口にする。


 それは、とてもとても気持ち悪い空間。


「それに、彼はこの砦からは逃げ帰ることはできない」

「なぜだ?」


「王命で参戦しでるんだよ、伯爵は、だから、私が帰れといっても帰れないんだ」

「??」


「君が言った通り、伯爵が持ってるのは太い眉毛だけ。つまり生まれ持った家柄しか無い何も出来ない男なんだよ」

 アレンの仕切りで会議は滞りなく進んでいく。


 彼はやっぱり侮れない男だった。


 会議が終わり一息つくと彼はまた俺に話しかけてきた。


「君が戦う事で、皆が試練を乗り越え成長する。私はそう思えるんだ、今も昔も、だから友であり続けたい」

「バカッ! 勘違いしてんじゃねぇ!」


「はははは、昔から君は全然変わってないなあ」

「お前もな」

 だから、その笑いのポイントは何処なんだよ!


 その後、二言、三言、アレンと言葉を交わして分かれた。


 さて、持ち場も決まった、あとは帝国軍御一行様の到着を待つだけだ。

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