第19話 グラハム砦「軍旗」
グラハム砦の壁は二重に並んで建てられている仕掛けになっている。
外敵をまず出迎える一の壁、通称【絶望の壁】、それは類を見ない巨大な壁。
俺たち灰色のアルカナ隊はアレンに連れられて、一の壁を上から一望できる指揮所に来ていた。
「たとえドラゴンのブレスでも、あの壁は絶対に壊れまい」
アレンの視線の先、壁の上に王国旗が一本、風になびいている。
王家の紋章、牙をむいた獅子が描かれた王国の軍旗、俺たちの紋章に描かれてない象徴……。
旗がなびく壁は、彼の言う通り、確かに素材の硬度も厚さも申し分ないように思えるが……、彼の言葉に違和感を感じた。
なんか、こう……はっきりしない、喉に異物が詰まっているような違和感。
「さらに、今、僕らがたっている、この二の壁、【絶対の壁】は絶対に破れることは無いだろう」
アレンは誇らしげ笑う。
一の壁に二本目の軍旗があがる。
旗の配色が一本目と違う。
諸侯の軍は、配置につくたびに旗を掲げる。
彼らはそれで、己を誇示し、戦功を競いあう。
「君にも何か意見を言ってもらいたいな」
アレンに言われるまでもない、俺は彼に言わねばならない事がある。
でも、それが上手く、言葉にできない。
それに、しても、いつもの彼の笑顔がない。
あの「はははは」という笑い声が今はない。
「アレン卿、何を心配している?」
「分かるかい、流石に君は人をよく見ている」
いや、多分、気付くぞ!
「僕はここで勝たなくてはならない」
諸侯は続々と到着しているようで、次々と旗が掲げられる。
「君にだけは話そう」
彼は小声で耳打ちをしてきた。
「僕はここで勝ったら、姫さまと結婚をする」
その事を祝うかのように、一の壁の頂上に、バサバサバサバサと凄い勢いで旗が掲げられる。
「そうなれば君の、君たちの扱いもきっと良くできる」
バッサァーとデカイ旗がこれでもかと掲げられた。
身分の高い貴族が競って、この砦に押し掛けてるのがうかがえる旗の数。
それは、もう凄い旗の数だ。
「僕は姫さまを愛したているんだ、幼い頃からずっと、だから絶対に勝たねばならない」
大量の旗が視界一杯になびいていた。
旗、旗……記憶の奥底から何かが産まれそうだ。そう、彼の言動は全てフラグだという事を思い出した。
なぜ、俺が前世の記憶を持っているか、これで理解出来た。
今まで、何も役に立たなかった前世の記憶はこの時の為だったのだ!
「僕は、愛のために絶対に勝つ!」
アレンが大声で叫んだ!
お前! バカだろ!!
その声に沢山の旗が振って答える。
この男、いったい何本、フラグを立てる気だ!
ほら見ろ、ククルも心配して声が震えてるぞ!
「た、隊長、あ、愛とか、なな、何を話しているんですか?」
ククル、その通りだ!
愛だの、恋だの、結婚だの、それら全てはフラグに通じる。
念を入れるなら、絶対とかいう前置きもダメだ!
絶対に破れない【絶対の壁】なんてペラペラじゃねぇか!
「どうだい、僕に付いてきてくれるかい?」
バサバサとなびく大量の旗……。
「こんなに
「気に入らないか?」
「当たり前だ、あんなに立ったら、取り返しがつかないぞ」
「確かにそうだが、君に(貴族社会のことが)理解出来るとは思わなかったよ」
馬鹿にするなよ、こっちは異世界転生なんだよ!
「しょうがねぇ、面倒になる前に旗は折ってやるよ」
これ見よがしに掲げられている一番大きな旗を見つめた。
「君は伯爵を知っているのかい!」
「いきなり何を言い出しやがる。名前しか知らねえよ」
「はははは、君の言う通りだ、そうした方が良いだろう」
アレンは何か吹っ切れたようだ。
自分で立てたフラグだからしょうがないだろう。
しかし、まだ、ちょっと心配だ。
「アレン卿、耳を貸してくれ」
アレンに話しかけたのにククルが「え、また内緒話ですか?」と聞き耳をたててくる。
だから彼の耳を俺の口元まで引き寄せて呟くようにささやいた。
「結婚の話は皆にはするな」
ククルは反応が過敏すぎる。
「けけ、結婚!」
よほどフラグが怖いと見える。
俺たちの知らないところでフラグを一杯立てられる方がよほど、俺には恐ろしい。
「そうだな、その方が動きやすい、君がここまで事情に通じてるとは驚いたよ」
まあな、前世の記憶とはそういうものだからな。
しばらく指揮所で話をした後、移動することになった。
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