第16話 逃避行
こしゃくにも【愚者】の天職を授かるマークの策謀と活躍で帝国の本隊をかわし、俺たちは山の谷間で一息をつくことにした。
あと古神龍は神通力で姿を隠せると言っていた。
とても便利だ……無かったことにしよう!
あとで、隙を見てエサをやって、何処かに捨てて野生に返す、これで万事解決だ。
「いいですか、僕の授かったアルカナの一枚目、愚者の冠のカードは……」
顔だけは良いマークは、先ほどから難民の娘さん相手に自慢話で忙しい。
しかし、マークが一枚目とは、なんかムカつく!
「おい、お前ら生きてたのか……」
俺たちにちょっかいを出してきた王国兵を見かけた。
俺としたことが声をかけてしまうなんて!
目が合う、この手の輩は目が合っただけでうるさい、その上、声をかけたのは俺だ。
「あんたは……」
王国兵の真剣な表情、決死の覚悟を決めた様子。
ほら、やっぱり絡んできた……。
「残念だ……」
思わず本音が口をついて出る。
「惜しんでくれるのか、あんたって人は……」
「俺はそういう奴だ。気にするな」
「なのじゃ」
俺の心は狭いからな……、お前らが生きててとても残念だ。
「そうか……俺たちはあんたの加勢が……」
嫌いな奴に加勢されて、泣くほど悔しかったのだろう。
王国兵の目に涙がひかる。
俺にはよく分かる、その気持ち、嫌いな奴に助けられる気持ち。
悔しいよな、惨めだよな……。
「もう気にするな忘れろ」
「なのじゃ」
俺も忘れるぞ、お前らことは嫌いだからな!
「おい、あんたの名前を教えてくれ!」
「お前らに語る名前などない」
「なのじゃ」
名前を聞いてどうするつもりだ?
それに俺の名はそんなに安くない。
「あれだけのことをした俺たちの仲間の死を想い、その上、それだけの実力を持ちながら名も語らず威張りもしない、なんて謙虚な奴」
謙虚? お前ばかなの?
「俺たちは、あんたに付いていくよ、領主も逃げちまったしな」
「付いてくんな!」
「ああ、お前はそういう奴だったな、アニキ」
ピシッと敬礼して仲間たちの元へ戻っていく。
アニキって何だよ!
あと、付いてくんなよーー!!
と叫びたいが漢達の熱い視線を感じる。
ヤバイ……。
「何で、
「な、の、じゃぁーー!」
足早に、物陰へ。
人混みから外れた木陰、静かで落ち着く。
貞操の危機を感じた……忘れよう。
「隊長、聞きたいことが山ほどあるんすけと……」
また漢か……。
「今更、何だ、トルン?」
「なのじゃ?」
ぞろぞろと俺の隊の連中が集まってきた。
汗臭い連中だ。
「マーーク!」
「隊長、何ですか?」
マークの奴、娘さん達を置いて来やがった。
マークは両肩をすぼませ、兵達が笑っている。
まあいい、これが俺の仲間だ。
甘い香り、艶やかな銀色の髪が視界を横切る。
隣に座ると真顔で俺に聞いてきた。
「ねぇ?」
「なんだ?」
さっきから皆が俺を変な目で見ている。
「背中、重くない?」
「おいっ、見えるのか?」
ガシッとククルの両肩を掴む、細い肩、小さな身体、勢い余って押し倒す形になってしまった。
地面に広がった銀髪、あらわになった彼女のおでこ。
弾力のある湿った唇が動いた。
「見えるわよ?」
「何が?」
「幼い女の子よ!」
「……」
ククルは魔法が使えるからな、魔眼の一つや二つ、持っているのだろう。
「気にするな、あとで野生にかえす」
「や、野生って何? あと、のいて頂戴、そ、そのちょっと恥ずかしわ、みんな見てるし……」
すぐククルは顔を真っ赤にする。
彼女は表情が豊かで興奮しやすいようだ。
しかもちょっとズレてる困った娘だ。
押し倒されて痛かったことを怒るべきで、皆に見られたことじゃない。
「あの、隊長、俺にも見えますぜ……幼女が」
「俺もですよ」
「ですよ」
んんん?
「隊長、普通にその女の子、ずっと見えてますよ、むしろ見えないと思う理由が分かりません」
「くそ! 騙しやがったな!」
背中から自称古神龍の幼女を引き剥がす。
「人聞きの悪いことを申すな主人様」
「おい、この期に及んで……」
「しょうがないじゃろ、主人様がわしの初めてを乱暴に終わらせたから」
もじもじとしながら俺にだけ見せた、幼女のニヤッとした顔は、それはもう、名一杯のざまぁーという空気が漂っていた。
「何をやってんのよ!」
ククルに後頭部を叩かれた。
吸い込んだ大量の空気を頬にプクー溜め込んだ彼女は、一気に吐き出し、
「ちゃんと説明なさい!」
と言い、もう、やになっちゃうと腰に手を当て落ち着いた。
「いや、説明しても……」
「そうですよ、隊長、大抵は大丈夫ですから、説明してください」
大丈夫なのか?
古神龍とやらの化身らしいぞ、その幼女。
俺ですら半信半疑なのに……。
「仕方ない、そいつは……」
取り敢えず経緯を語った。
「了解です、また面倒を拾ったってことでしょ」
「しゃーない、しゃーない」
「僕たちも、隊長に拾われたようなもんですからね」
あ、そうなの、俺がお前らを拾った?
「めっ、
コンと幼女の頭にゲンコツをククルが落とした。
「女! 我は東方の天と地を治める古神龍ライムーラ、無礼を働くと……?! 何でそなたがここに?」
「だーめ、そんな乱暴な口を聞いちゃ」
幼女の圧がククルのそれに負けた。
まあ、古神龍は弱いからな。
天職持ちのククルには敵うまい。
「どうするのこの子?」
「まあ、その幼女は面倒みるしかないだろう」
まぁ、成り行きだしょうがない。
「主人様、わしは幼女ではない、古神龍ライムーラ、主人様には特別にライラと呼ぶ事を許すぞ」
えっへんと幼女ライラは威張っている。
「分かったから、あまり悪戯はせず、良い子にしてるんだぞ」
「主人様、わしを子供扱いする必要は」
「はーい、ライラちゃん、大人しくしなさいっ!」
古神龍のライラを諫めるかと思ったら、ククルは俺の腕に抱きついてきた。
それを見てライラは悔しそうにブルブルと身体を震わす。
ククルがアカンベーをした?
まさかね……。
「隊長、いつもの茶番は終わりましたか?」
何で呆れてるんだよトルン!
「茶番の意味は分からんが、休憩は十分だ。次の移動先で夜を明かす、いいな?」
「了解です。道は変更なしっすね?」
「変更は無し出発だ!」
しばらくして王国兵と難民を連れて俺たちは出発した。
砦までは二、三日で着くだろう。
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