第15話 最強の魔物

 ドラゴンが目の前にいる。

 中々の巨体、倒し甲斐がありそうだ。


「灰色の軍服、空白の紋章、王国の屑人部隊か、陛下からの賜り物、その初陣には丁度良い」

 帝国の将官は派手な勲章を胸に飾るのが好きなようだ。


 勲章など、それを与えた者の権威を信じない者には何も価値がなく、それどころか滑稽に見えると知らぬらしい。


 それよりも、目の前のドラゴン、コイツだ。


 爬虫類独特の感情のない冷たい瞳、それが俺をジッと見ている。


 この部隊の旗印は間違いなくコイツ、戦場の何処からでも見える、この巨体が、帝国兵の士気を維持する要となっている。


「小さき者よ、剣を持たず、いかにして我と戦う」

 おい、このドラゴン、喋ったよ!


「トカゲのクセに、言葉を喋るとは驚きだな」

 喋るなんて神話の中だけだと思ってたよ!


「ふん、我から見れば、人の方が下等! 傲るな人間!」

「高い所から見下すんじゃねぇ!」

 奴の顔を見上げるのは首が疲れる。


「なら、こうすれば良いか?」

 ドラゴンは顔を俺の目の前に下ろしてきた。


 鼻息を全身に浴びる、生暖かい嫌な風に髪を乱される。


「間違えて、喰うてしまいそうじゃ」


 顎門あぎとが開く、巨大な牙は捕らえた獲物が無残に潰される様を、背後に見える赤黒い喉、その奥の闇は、絶望を想起させた。


 オラッ!

「近すぎだ!」


「ぐぬぬぬぬ」

 ドラゴンの鼻頭を殴ってやった。


 やはり硬い!

 しかも奴の目がうるうると輝いている。

 やる気マンマンにさせてしまったようだ。


 奴が吠える。

 龍の雄叫びが天に轟く。


「アイタタタァァァーー!」

 野生のドラゴンを思い出させる独特の叫び。


 セントレアのドラゴンも最期の方は、この雄叫びを上げていた。


 コイツ、もう、本気か?


 将官が口を挟んできた。

「何をしておるか、早く、あれを殺せ!」


 将官はあたふたと焦っている様子。


 これだから素人は困る。


 奴は獰猛だ。

 人に飼われても野生を残してやがる……。


 俺も最初から全力で行く!


 腕を天に掲げる。

 天空に駆け上がるように、幾重にも描かれる巨大な魔法陣。


「天上よ、新鮮な血の対価は大地に支払った。俺のカードを寄越しやがれ!」


 一枚のどす黒い剣が描かれたカードが舞い降りる。

 それを手に取ると、禍々しい漆黒の闇を纏った魔剣になった。


「ち、ちいさきものよ、それは、天が地上に配したアルカナの札、その四枚目、悪魔の魔剣」

 ドラゴンは武者震いをしながら、後ろに距離をとる。


 気が利かない異形の兵が、奴の歩みの下敷きになった。


 このドラゴン、中々やる。


 今日の俺は冷静だ。


 奴は自分の間合いにするつもりだ。


「貴様は中々やるようだ、全力でいかせてもらう」

「えっ、お、おう来い、ち、小さき者」

 コイツ、まだ距離を取るつもりか?!


 味方を踏み潰しても動じない冷血さ。

 実力があるにも関わらず油断しない冷静さ。


 まさか!


 ドラゴン最大の武器、ブレス、ブレスなのか?!


「臆するな王国の悪魔は弱いとカストロイが言うておったぞ!」

 相変わらず無粋な奴……。


「おい、そこのジャラジャラ、カストロイって誰だよ!」

 剣で奴を指す。


 返事がない、無礼なジャラジャラだ。


「おい、俺を無視するな……」

 うん、ジャラジャラの顔がない、いや頭辺りが粉微塵だ。


 俺の剣圧を逃れた勲章がジャラジャラと音を立てながら奴の半身が地に伏した。


 カストロイって誰だよ!


「まあいい、待たせたな!」

 って、あれ、ドラゴンの奴、あんな遠くに……。


 やはり油断ならん奴……。


 足元の大地に力を込める、それに呼応し描かれる魔法陣。


 最大の跳躍、剣を振り上げ、奴の全力より早く、俺の全力を!


 ドラゴンの咆哮、この種族のブレスは、いつも独特の叫び声と共に放たれる。


「やめてててててててーー!」

 閃光が龍の顎門から天に向かって放たれる!


 くそ!

 俺の全力が遅かったか!


 両腕を交差させ、身体を硬くし、ブレスに耐える。


 三度目の過ちは起こさない。

 今度の俺は中空だ!


 巻き添えをくらう味方は皆無!


 ただ耐えて……、奴が視界に見えたら、全力を叩きつけるだげだ!


 奴に剣がぶつかる!

 やはり硬い!!


「怒ありゃーー!!」

「やめてーーーーーーっ!」

 これほどを叩きつけても、戦士の雄叫びで応じるコイツは、やはり最強の種族、ドラゴン!


 戦場を覆う閃光!


 大地が悲鳴を上げ、舞い上がる土煙!


 そして地上に出来た、巨大な穴、その中心にドラゴンが横たわる。


 なんて奴だ……まだ、息がありやがる……。


 ピクピクと巨体を痙攣させ容赦なく俺を威嚇してくる。


 今まで戦ってきたドラゴンと違う。

 奴らはこれで絶命した。


 こいつは……。


「なら、もう一撃を喰らわせてやる!」


 剣を天に掲げる。

 剣先から真っ直ぐ伸びる禍々しい光は天の頂まで達した。


「もう、やめてっ!」

「……おい、今、何と言った?」

「お、お願いだから、やめて下さいっっ!」

「コイツ、俺を謀る気か? こしゃくな!」


「騙されんぞ! 帝国の飼い犬め!」

 いや、飼いドラゴンか?

 どちらにせよ、コイツは皇帝の【神】とかいう天職で従属している筈、容赦はない!


「ち、違いますぅ!」

「うそこけ! なら、なぜ、ここにいる?」


「ふん、それは言えん、だが、古神龍は神などに屈服はせん。ましてや天職などという紛い者になぞ断じてせんわっ!」

「そうかよっ!」

 天上まで伸びた漆黒の光を、自称古神龍に叩きつけた。


 憐れなドラゴン……最後に戯言をいうとは興醒めだ!


「この鬼っ! 悪魔っ! 古神龍殺しっ!」

「えーい、早く死なんか!」

 ゴンゴンと剣で殴りつける。


 殴りつける度にドラゴンの巨体が縮む。


 縮む……?


 まあいい、このままいけば死ぬ筈だ。


「うわーん」

「……?」

 コイツ、泣きやがった……。


 思わず剣が止まる。

 やはり、情けは無用ではと心が叫ぶ。


 でも……。


「ヒック、ごめんなさい、見逃して下さいっ!」

 自称古神龍の元ドラゴンはヒックヒックと涙声。


 剣を振り上げるのが躊躇われる。

 恐ろしい擬態だ。


 これは勝つためには手段を選ばないという見本だ。


「山奥で一人は寂しかったんじゃ」

 聞いてもない理由をベラベラと……。


「それに、お菓子は美味しいのじゃ」

 幼女の姿で古神龍……自称が目の前にいた。


「菓子で釣られるとか、子供じみた嘘には騙されん!」

「子供じゃ! 幼女じゃ!」

「変化しただけじゃないか!」

 ホレホレと幼顔を寄せてくる幼女の頭にゴンと拳を落す。


「酷いのじゃっ、鬼じゃっ、悪魔じやっ!」

「えーい、黙れ!」

「うわーん、やめてなのじゃ」


 じゃー、じゃー、ウザいんだよ!


「もう、叩かぬのか?」

「もういい、飽きた、お前、弱いからな」


「弱いとは無礼な、こう見えてもワシは」

「ほう、それじゃ、やはりその姿は偽り」

 再び剣を抜く、心惑わせられる前に斬り捨てる為だ。


「ま、まって! この姿も本物じゃ!」

「なら戻れよ」


「何でじゃ? 古神龍の背に乗って飛びたいか?」

「いや、そっちの方が殺しやすい」


「……」

「おい、戻れよ!」


「やじゃ、もう変化はせん!」

 いーとしてアッカンベーをしてきた。


 くそ、ムカつく!!


「俺は戦い中で忙しいんだ! わがまま言うな!」

「戦い? 周りを見るのじゃ?」

 のじゃー、といちいち煩い……。


 俺たちは荒地の真ん中にいた。

 大地に深く大きくえぐられた深い穴……。


「ほれっ、戦いは既に決しておる、主たちの勝利じゃ」

「お、おう……」

 まあ大概は決してしまったようだ。


 あとは、本隊から向かってくる追撃をかわすだけ。


 とりあえず立ち去ろうとする。


「ほれ、わしを抱っこするのじゃ」

「バカを言うな、ドラゴンの姿に変化して故郷に帰れ! そして二度と人里に現れるな!」


「嫌じゃ、変化したら主人様に殺されるのじゃ」

「バカにするな戦意のない奴は殺さねぇよ。それに主人様って言うな!」


「ワシの初めてを汚したのじゃ、だから主人様じゃ」


「おい」

「何じゃ?」


「そういう言い回しはよせ、いらぬ勘違いをされる」

「なら責任をとるのじゃ」


 何と言うことだ。

 ドラゴンを倒しに来たら荷物が増えた。


 どうしよう!!


 仕方なく幼女をおぶって、この場を去った。

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