第14話 嘘とレッテル

 戦場の空気は埃ぽっい。

 それは、緑をえぐり大地を踏み荒らす兵隊が土煙を上げるせいだ。


 すこし臭いな……。

 血の匂いに混じった異形の獣臭。


 神様ともなれば人に酷い仕打ちも出来るのだな。


【神】とやらを授かった皇帝を思うと反吐が出そうだ。


 剣を抜く、目の前にいた憐れな帝国兵の命を斬った。人の血が飛び散る。

「異形が後陣とはな……」

 剣を振り、その風圧で刃先に付いた血を飛ばす。

 そして鞘へ。


「隊長、何やってるですか?」

 トルンの拳圧が間近の帝国兵の頭を吹き飛ばした。


 滅茶苦茶な奴、剣を使えよ!

 剣を!!


「隊長、真面目にやって下さい」

「いや、案外、頑張ってるな生成りの奴ら」

「まあ、アイツらも兵士だったってことでしょ」

 トルンは拳で、俺は剣で敵を討つ。


 認めたくないが、王国の生成りの制服を着た兵士が前線で踏ん張っている。


 炎弾が王国側から撃ち放たれ、閃光が走る。

 それ以外にも、生成りの奴らが微かに淡く光っていた。


 祝福という強化魔法だろう。


「魔法隊もいたのか」

「隊長、当たり前でしょ」

 トルンがまた兵を一人、あの世に送った。


「お前、いい加減、剣を使え」

 敵の首をはね、切り口から血が吹きでる。


「何でですか? 俺は拳の方が得意なんですよ」

 トルンの拳は、帝国兵の剣を砕き、顔を潰す。


「正直、気持ち悪いんだよ、お前の殺し方」

 帝国兵を頭蓋から股ぐらへと縦に切り裂く!


 綺麗に入った剣筋は人の中身を鮮明にした後、血で覆い隠した。


「うえ、隊長こそですよ」

 えっ、そうか?


 見覚えのある農夫と女子供に危機が迫っているのに気付く。


「くそ、とろいんだよ」

 跳躍、そして着地と共に帝国兵を切り裂いた。


「あんたが、何で?」

 農民の代表を務めていた男、その側にいるのはエッチな言葉を子供に教えるお母さんだった。


「助けたとか勘違いするなよ! お前らには証人になってもらう」

「何のですか?」

 エッチなことを教えるお母さんが聞いてきた。


 まて、エッチなことを子供に教える……ん? 


 いや、それはまずい、まずいですよ!


 正しくは、エッチな言葉を教えるだ!


「あの〜?」

 あっ、ごめん。


 コホン、コホン、と咳払い。


 それしても、あんたら、まさか、夫婦か? 随分な年の差だな……。


「あの〜、良いですか、私たちは何の証人に?」


 まじ、ごめん……。


「いいか、俺たちを見ろ! クソな天職なんてレッテルしゃない! 俺たちを、その両目で見て、その凄さの証人になれ!」

 ドーンと言ってやった。


「……」

 あれ? もしかして引いてる?


「隊長、力説中、申し訳ないですが、そろそろ戦って下さい」

 お、おう……、


 隊員達は戦っている。

 コイツらは間違いなく強い。


 戦闘で遅れをとる奴なんていない。


「そろそろ、王国の奴ら、限界ですよ」

 トルンは身体中を敵の血で真っ赤に染めている。


 王国兵は異形の相手を始めていた。

 異形……いわゆる魔物だ。


 当然、人より強く、残虐で、皇帝の神とやらの力で統制が取れている難敵。


 アルカナの屑人部隊を投入してまで戦った国境線で王国軍が大敗した要因の一つ。


「そうだな、トルン、何人か連れて加勢に行ってやれ」

 異形の魔物ならトルンと、あと二、三人で何とかなるだろう。


「残りは、この場で戦え!」

 俺の剣を代表の男……多分に渡してやる。


「これは?」

「守ってやれ、大切なんだろう?」

 男は剣を見つめ決意を固めたようだ。


「おい、間抜け共!」

 俺は必死に戦っている兵達に呼びかけた。

 流石に返事をする余裕はないか……。


「一人も殺されるな! しっかり守り抜け!」

「了解です、隊長!」

 声は揃わないが、返事はあちこちから聞こえた。


「隊長はどうします?」

「決まってるだろ、一番強い奴を倒しに行く」

 敵陣の奥に奴が陣取っている。


「確かに、アレは隊長でねぇと手に負えねぇ」

 トルンも奴の巨体をしっかり見据え同意した。


 セントレア越境事変の時は野生の奴が乱入し、国境の戦いでは対処が遅れ自軍の被害が大きくなった。


 巨大な竜種のトカゲ、神の化身とさえ崇められるドラゴン。


 俺が退治するでかいトカゲが悠々と奥に陣取っていた。


「隊長、剣をどうぞ」

「ふん、そんな、なまくら使えるかよ」

 王国兵には悪いが大地が十分血を吸っている。


 条件は整った。


「じゃあ、トルン、王国兵の方は任せたぞ」

「へいへい、気が乗らねえがそれなりに頑張りますよ」

 トルンの背を見送り、


「おい、あまり、無理はするなよ」

 剣を渡した男に言葉を残す。


 子供が親にしがみ付いていた。

 大抵の子は、お父さんとお母さんが大好きだと改めて思う。


 信じている子の為にも守り抜いてほしい。

 でも、無理して死ぬのは本末転倒だと思う。


「じゃあ、俺も行くか」

 魔力を練る、力がみなぎる。


 廃墟の町、騎士との戦いのような失態を見せる訳にはいかない。


 感情に任せず、冷静に戦おう。

 腰を沈め、力をためて大きく跳躍をした。


 遥か下から、

「ごめんなさい、お母さん、嘘を教えていたみたい」

 母親の声が聞こえた気がする。


 セントレア越境事変の過ちは犯さない。

 おかげで俺は敵味方皆殺しの悪者だ。


 国境の戦いのニのてつは踏まない。

 そのせいで、前線が崩壊して散々だ。


 たかが一匹、一気にケリを付けてやる。


 そして、誰が一番強いのか、生意気なトカゲに教えてやる。

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