第13話 心から

 険しい道を数時間歩くと視界が開けた。


 丘の上から眼下を見下ろす。


 遠くに見えるアリの群。


「隊長、帝国の奴ら、俺たちの予想通りですね」

 トルンの言う通り、あれは帝国本隊に間違いない。


 あらためて見ると想像以上に数が多いことに驚いた。

 奴らは本気で王国を攻め落とすつもりに違いない。


 帝国本隊に不自然な動きがあり、隊が分裂していく。


「どうやら帝国の奴らも気付いたようですね」

「そうだな……」

「でっ、隊長のおっしゃる、裏切り者はいそうですか?」

 トルンは物凄い意地悪を、嬉しそうに言い放った。


「いねぇよ」

 あー、ごめんね! いませんよ! いませんですとも!


 帝国のあの動きを見れば、疑い深い俺でもはっきり分かる。


 奴らは王国軍を難民諸共、叩き潰すつもりだ!


「隊長さんは、どうするんですか?」

 横のククルが楽しそうに聞いてきた。


「そうだな、やる事は最初から変わらねぇ」

「ふーん、最初からなんだ、私も助けるの手伝ってあげようか?」


「何を勘違いしてやがる!」

「何よ……急に!」

 怒りん坊のククルは、プンスカと頬を膨らます。


 こいつの勘違いは二つもある。

 鈍感なのは罪だ!


「俺は助けに行くわけじゃねぇ、勘違いするな!」

「結果は同じじゃない、馬鹿みたい。そんなにムキになっちゃて!」


「結果が同じ? まったく違うね」

「どういうことよ」


 結果や行動など人間は目に見えるものだけで判断しがちだ。


 だから俺たちのことを蔑視する。

 授かった天職の名前だけで差別する。


 俺はそんなくだらない奴らと一緒じゃない。


「大切なのは心だ! 俺は奴らを見返してやる、そういう気持ちで助けるなんて思ってない!」

「……」

「だから結果が同じでも違う!」

「やっぱり、バカなのね……なら、私も手伝って上げる」

 ククルは俺の心根の愚劣さに呆れたようで深い溜息を吐いた。


 だか、俺は彼女に嫌われようが、ハッキリと言わないといけない事がある。


 それは、二つ目の勘違いだ。


「それと、もう一つ、お前の助けはいらない」

「何でよ、私の魔法、結構凄いのよ」


 ああ、お前の魔法はさぞ凄かろう。

 そうだろうとも。


「お前の助けはいらない。俺は強いからな」

「知ってるわよ」


「いや、知らないね、俺の凄さを」

「もう、子供みたいなことを言わないのっ!」

 やっぱり嫌われた。


 それでも、ハッキリと断言しよう。


「よく聞け、これから俺たちは人を殺しにいく」

「それは……」

 誰も殺すなとは彼女も言えないのだろう。


 そういうこと、これは命の取捨選択。

 誰を生かし、誰を殺すかの選択だ。


「でも子供達もいる、それを助ける為なら」

「殺すとか言うな、理由はどうあれ、人殺しは罪だぞ」

 たとえ大儀があろうともだ。


「でも……」

「強情な奴、心配するな、俺の手は血で染まっている」


「嬢ちゃんはここにいな」

 トルンがウホッと歯を見せた。


 爽やかじゃない、残念な笑顔。


「これから幸せになろうという奴が荒事に首を突っ込むな」

「でも、それじゃ……」


「気にするな、ククルがいるから俺たちがここにいる」

 彼女がいなければ、俺たちは温泉に行かず、砦に向かっていた。


 そうすれば、目の前にいる王国兵も、難民も、皆殺しにされていたに違いなかった。


「バカッ……」

「まあ、そう言うことだ。それと、お前の願いは厄介だが、俺は気に入っている」

 ククルと目が合う、相変わらず澄んだ瞳。


「だって凄いだろう、俺が誰かを幸せにできるなんて」

 そんな未来はないと信じていた。


「おい、マーク二人ほど付けてやるから、ククルとここにいろ」

「はいはい、そう思ってもう人選は済んでますよ」

 あ、そうなの……。


 そして、その人選が的確なのが、なんかムカつく。


「あと、策を講じておけ、適当に俺が合わせる。あと、変なマネはするなよ」

 コイツは、女好きだから、注意しとかないと!


「しませんよ、隊長は時々、凄く恥ずかしいですよね、ククルさん?」

 耳を真っ赤にしたククルがコクリと頷いた。


「恥ずかしい? 何が? 俺はコイツを幸せにする、そう契りをかわした」

「それを心から言ってるからたちが悪い」

 マークはジトと俺を睨んだ。


「まあいい、見ていろ、これがお前を幸せにする男の戦いだ」

「ホントッ! バカッ!」

 ククルは、頬を真っ赤に膨らませ、口を尖らせ横を向く。


 一つに纏められた銀髪がフワリと浮かび気持ち良さげに定位置に収まった。


 その動きの優しさが、たまらなく好きに思え、心が愛おしさで満たされた。


「お前の髪、やっぱり綺麗だな」

「もう、バカな事は言わないでっ」

 ブクーと息を吐き、両手を組んで苦言をいう。


「野郎共! 準備は良いか!」

「……」

 あれれ、皆の返事がない……。


「何なら、隊長は残りますか?」

 一人の兵が聞いてきた。


「バカ言うな、一番強い俺が、真っ先に飛び込むに決まってるだろ?」

 どうなったら、俺が残るって話になるんだよ!

 バカ!


「あんなもん見せられたら、そうなりますよ」

 トルン、お前もか!


「まあ、隊長は、昔からお人好しだからな」

 俺が?


「間抜け、間抜けと思っていたが、この間抜けども!」

「はーーい」

 舐めやがって!

 もうどうでもいい! 時間がない!


 剣を抜いた。

「この間抜けども、よく聞け、これから帝国に突っ込むぞ」

「オォォォ! オォォォ!」

 うん、良い返事だ!

 こうで、なくっちゃ!


「難民は一人も殺させるな!」

 アイツらには、誰が凄いのかを一人残らず分らせてやる必要がある。


「俺たちは強い! 皆、生きて、勝って、それを世に知らしめろ!」

 俺は丘を駆け下る。


「あんな人なんですよ」

「そうね、困ったバカな人ね」

 マークとククルが俺を馬鹿にしている。


 しかし、それも、俺の戦いを見たら改めるに違いない。

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