第11話 王国兵

 灰かぶりの彼らは災いと共に消えた。


 ククルース神話の一節、ここから灰は厄除として効果があると信じられている。


 つまり、灰色の軍服は、俺たちのような存在を「災い」として封じるという意味があるのだろう。


 アホな奴らだ。

 だか本気だから、たちが悪い。


 その証拠に他の王国兵は色が違う。


 白いワイシャツに生成り色に揃えられた上着とズボン、ちようど街道の両脇を陣取りダラダラと休憩中の奴らの服が王国の正式な軍服だ。


 さて、これから、すれ違うからといって挨拶は、お互い誰もしない。


 ただ黙々と俺たちは歩き、彼らは姿勢を崩して座っているだけ、いや、だけで済むわけもないか……。


 少し溜息混じりに、ゆっくりと風景を見渡した。


 深く青い空の下、街道の土手は瑞々しい緑で覆われている。

 まぶしい日差しは俺たちを容赦なく照らし、お節介なそよ風は耳元まで誹謗中傷を運んでくる。


 敵意に満ちた視線と心無い言葉の暴力。


 だが俺たちの誰も動じない、これが日常だからだ。


「ゴミが! 早く消えやがれ!」

 小石が飛んでくる。


 青空に大きく描かれた放物線は、勢いは無いが軌道が不味い。

 なので身体を盾にした。


「おい、大丈夫か?」

「ええ、私は別に……」

 危うく彼女に当たるところだった。


「ゴミの分際で、女連れとは、御大層な身分だな」

 俺たちが珍しいのだろう。生成りの軍服を着崩した、たちの悪い連中が近づいてくる。


「おい! クズども! その女を置いていけ!」

「そうすれば、挨拶がないのは、見逃してやる」

 ニタニタと品がない下卑な奴ら。


 お前らのセリフ、それ、もう盗賊だかんな!


 ククルの手を強く握り、冷静を促す。

 彼女の魔力が高まるのを感じたからだ。


 あんなもの、一般人、いや、一応、兵士か……にぶっ放したら大事になっちまう。


「無視すんじゃねえ!」

「お前らの為だ。あっち行ってろ」

 この娘を、これ以上刺激したら、お前ら、本気で死ぬからな!


「ゴミが舐めた口を利いてんじゃねぇ!」

「俺たちは二等兵だ!」

「つまり、お前らの上官だ!」

 二等兵様が剣を抜き、それを合図に、仲間のニ等兵様も続く。


「斬られても文句は言えまい」

 他の兵達も集まってきた。


 確かに俺たちに階級は無い。

 だからといって、コイツらに従う義理も無い。


「お前らじゃ、俺たちを斬れないだろ?」

 俺は、横に来て大きく頷くトルンに剣を渡した。


「女連れの屑人部隊?!」

「いや、噂とあの女じゃ特徴が違いすぎる」

「噂じゃ、もっと胸がボーンと、でかいらしいぜ」

「いや、小さいから良いんじゃないかと……」

 マニアが混じった野次馬達が騒ぎだす。


「アルカナの屑人部隊だったとしても俺たちは、ひびらねぇ」

「そうだぜ、もしそうなら、その女も破廉恥な天職なんだろ?」

「そんな、奴らより、俺たちといる方が幸せってなもんだ」

「屑人の女、あとでたっぷり愉しませてやるぜ」

 おいおい、頼むぜ、ヨダレはちゃんと拭いてくれ、みっともない。


 それに、もう、お前ら完全に度をこしてるぜ。


 しかし、気になる発言もあった。


「おい、ククル!」

「えっ、えっ、今、名前を」

 彼女の顔がビックリする程、赤い!

 さらに、名前を聞き漏らすほど興奮してる!


「ククル、落ち着け!」

 ふんふんと首を縦に振る彼女は、動きがぎこちなく硬い。

 たがら、ククルを落ち着かせようと、彼女の手を両手で包むように優しく包む。


 彼女の頭からボーンと魔力が抜ける音がした。


「なに、いちゃついてるんだよ!」

 二等兵様が失礼な事を言い、その上、そばに来たので振り払う。

「今、大事な、話し中だ!」


「うのっ!」

 彼は一瞬で理解した。


 聞いたことない懐かしい単語を残し、野次馬の壁を、身体をくの字にして謝りながら、猛スピードで土手に激突するようにして逃げ込んだ。


 もしかして死んだ⁈ まさか……!


 土手から突き出た両足がピクピクと動いている。


 そうだよな、この程度で死んでたら兵士なんて務まらねえ!

 俺は、しっかり反省しろとエールを送る。


「いいか、ククル、大事な話だ」

「はい」

 彼女は俺の両手を、彼女の両手で、力強く包み返してきた。


 あれ? 何の話だったか?


「こ、この野郎! ぶっ殺してやる!」

 別の二等兵が振り下ろした剣が、俺の頭に刺激を与えた。


 あっ、思い出した!


 早く、二等兵様にも伝えねばならない。


 だって彼は、俺が話を思い出したのに、「この化け物! 死ね!」と叫びながら必死で剣を振い、身体のあちこちに刺激を与えてくれている。


 剣を持っていたら思わず事故で殺していたかもしれない。


「もう、諦めろ!」

 剣を手で掴む。


「ゴミが人様に逆らってんじゃねぇ!」

 二等兵様は烈火の如くお怒りた。


「俺から見れば、あんたもゴミだぜ」

 剣を握り潰す。


 魔力のない一般兵が強化なしで振る剣など俺たちには脅威になり得ない。


「おい、勘弁してくれ、ほんの冗談だ」

 ようやく立場を理解した二等兵様は、足をガクガクと震わせている。


「お前の冗談は、面白くないんだよ」

 二等兵様の腕を掴み、仲間が刺さっている土手へ放り投げる。


「くそう! こうなったら女を!」

 土手に刺さっている二等兵様たちとは別の二等兵様がククルへと襲いかかる!


 まだ理解できないとは、憐れとしか言いようがない。


 さらに、勝てそうな相手としか、やり合おうとしない根性も、そして何よりも!


「俺の女に手を出してるんじゃねぇ」

 横蹴りを二等兵様の腹へ繰り出した。


「ぐこぉご!」

 ここいらで流行っているのか、面妖な単語を叫びながら仲間と仲良く突き刺さる!


 あとは死んでない事を祈ろう。

 いや、死んでても、いいか……。


「いいか、よく聞きやがれ! こいつは、俺が幸せにする女だ! ちょっかい出す奴は、誰であろうと許さない!」

 ククルがカァーと魔力を込めている。


 何故だ?


「おい、ククル、俺は約束を守る、だから落ち着け」

 彼女をギュッと抱きしめた。


 プシュー、ヘナヘナと彼女の魔力と力は抜けた。


「おい、野次馬共も、聞きやがれ!」

 さて、誰も俺の話を遮り邪魔をするものはいない。


「俺たちはアルカナの屑人部隊、化け物共の集まりだ! たかが人間に遅れをとる奴は一人もいない!」

 半分、いや三分ニぐらいは本当だ。


「おい、アルカナの屑人部隊といやぁ、悪魔が率いる極悪部隊か……」

「セントレア越境事変で敵味方皆殺しの……」


 いや皆殺しじゃないし……。


恋人ラバーズを侍らせる色欲の権化!」

「とにかく女ならなんでも良いっていう、あの!」


 そんなエロじゃねぇ!


「おい、お前ら行くぞ!」

 とにかく、ここにはもう用がない。


 このアホな王国兵達が後から来る、帝国の本隊に潰されようが知ったことじゃない。


 野次馬を抜ける、さらに最悪な光景が広がっていた。


「あいつら難民を連れてたのか……」

「あれ、隊長に言ってませんでしたっけ?」

 トルン、お前は言ってないぞ!

 いつも言葉が足らないんだよ! このゴリラ!


 難民は王国兵より厄介だ。


 子供が近寄ってきた。

「お前のせいだ! 早く出て行け!」


 大人が吹き込んだのだろう。

 子供は純粋だ。


 だから、どこまでも残酷になれる。


「そうだ、出て行け! 出て行け!」

 子供達は石を投げながら、ゴミを投げながら、同じ言葉を繰り返す。


「出て行け!」

「出て行け!」

「王国から出て行け!」

 と繰り返す。

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