第7話 逃避行「目的地」

「とっと決めねぇと日が暮れてしまうぞ!」

「隊長ぉー、あんたに言われたくねぇぜ」

「俺のせいにすんな!」

「いや、あんたのせいた!」


 くそおお、皆、俺のせいにするが、隊は、今、大いに割れていた。

「なら、グラハム辺境伯領を目指して移動するぞ!」

「えー、反対です!」

「マークの言う通りだ!」

「そうだ! そうだ!」

 これだよ、トホホ……。


「何で反対するんだよ!」

「危ないからですよ!」

「俺たちは兵士なんだよ!」

「だって隊長、剣を折られたらしいじゃないですか!」

「そうだ! そんな化け物を相手にするなんて、俺たちはごめんだ!」

「おい! 勘違いするなよ! 俺は剣を折られてなんかないぞ! 見逃してやったんだ」

 嘘だけどな!

「じゃあ、剣を見せてくださいよ、大将」

 くそぉぉ、トロン奴……。

「大将、ほら早く、早く」

 ホレホレと俺の目の前に手のひらを突き出してくる。

「このゴリラ、大将とか呼びやがって、ふざけんな! 剣は土産にくれてやったんだ」

「嘘だな」

「嘘ですね」

 ククル、お前は黙っとけ!


「嬢ちゃんの言う通りだ。隊長は嘘をついてやがる」

 トロンの奴、呼称は直しやがったが、引かねえ気だ。


「いいか、今からマークが説明するから黙って聞け」

「えー、僕は嫌ですよ」

「良いからするんだよ!」

 ポカとマークの頭を小突いてやった。

「隊長、乱暴はよして下さい」

「そうよ、暴力はダメよ」

 ククルさん、お願いだから黙って下さい。


「そうですよ、隊長の新妻の言う通りですよ」

「マァーク、お前は、さっき俺にした話を皆にすればいいんだよ。それとも、ずっとお前だけ、ここに永遠に眠っているか?」

「それ僕の剣ですよ」

「お前には必要ねぇだろう!」

 話し合いの前、この先、剣が無いと困るのでマークのを取り上げ、いや貸して貰っている。

「隊長は横暴だなぁ」

 マークは地図を広げ、渋々と語り始めた。


 グラハム辺境伯、その最大の砦が、ここから二、三日の距離にある。十中八九、次の大一番はここだ。

 帝国軍の越境、その防衛に間に合わなかった諸侯の軍も集結するに違いない。

 今度は十分な布陣で帝国を迎え撃つだろう。

 それは、俺たちが戦功を上げる絶好の機会とも言えた。


 戦功をしっかり上げ、兵役を終えれば、屑人といえど、人として扱ってもらえる。でも……。


「少し遠回りですが、このルートで行けば、帝国軍と遭遇する確率は低くなると考えられます」

 マークは指を地図に走らせ、話を締めた。


「どうだ、皆聞け、これは、戦功を上げるチャンスなんだよ」

「隊長、僕の読みでは、次も、危ういですよ」

「何でだよ」

「いいですか、帝国軍は、あえて難民は見逃すでしょう。なぜなら、彼らが砦に入れば、我が軍はいろいろと厄介だからです」

「難民? 帝国の奴ら、町や村は殲滅して皆殺しだろ?」

「そうですよ、だから難民は増えるんです。帝国軍が側を通る町や村の住民は、その恐怖から、彼らが通る前に逃げ出すんですよ。それは、かなりの数、何てったって、居座れば殺されるだけですからね。それだけの大敗を王国はしてしまったんですよ」

 くそっ、マークの奴、気づきやがった。


「その通り、だが、奴らは殺しすぎなんだよ。だからこそ、次の戦いの時、王国の士気は高くなる。俺はそう考える」

 あのランガスという騎士を思い出し「大義」という言葉は使わなかった。


「それでも僕は反対です。天然の温泉が湧き出ている場所はすぐ側です。戦略的に全く意味を持たない場所、最高じゃないですか!」

「そうだぜ、隊長、あんたが決断すれば、俺たちは温泉に浸かって強くなる」

 なるかよ!


「それに、あのままじゃ可愛そうと思わないんですか?」

 トルンはククルに視線をやった。確かに、俺たち以上に身体が汚れて不衛生に見える。


「分かった、分かった、取り敢えず温泉を目指す。それから砦に移動開始だ」

「はいっ、隊長! 了解しました!」

 くそっ、現金な奴らだ!


「ククルちゃん、温泉に着いたら一緒に……」

 剣の鞘でマークをぶっ飛ばした。


「いいか、温泉で妙なことしたら、俺が殺してやるからな!」

「はーい!」

 こいつら絶対するつもりだ!


「大丈夫ですか?」

 ククルがマークに駆け寄って心配している。


「良いから放っておけ!」

 ククルの手を掴み引っ張ると、彼女は強く握り返してきた。

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