第6話 神を授かりし皇帝
王国の北東部に帝国は存在する。
先代の皇帝は気性は穏やか、周辺諸国からの信頼も厚く、大陸の盟主として相応しい風格も持ち合わせている名君であった。
だが十年前、時代が大きく動く。
【神】の天職を授かった皇帝が即位したのだ。
本来なら帝位継承権の無い分家の青年だったが、彼の天職が、その地位へと、強烈に後押しをした。
国民も、先代皇帝も、更なる、平和と発展を大いに期待した夏、太陽の恵みが大地に溢れ、活気に満ちた季節に悲劇は始まったのだった。
現皇帝は即位と共に先代皇帝の幼い娘以外、一族全てを皆殺しにし、さらには、その蛮行に異を唱えた家臣も衆目の集まる帝都の広場で家柄問わず首をはねた。
それを「血の八月」と呼び国民は恐怖に震えた。
それだけなら、まだ良かったかもしれない……。悲劇は国内に留まらず、戦禍となって燃え広がったのだ。
今や帝国は大陸随一の軍事国家となり力で周辺諸国を威圧し、時に侵略をし領土拡大をし続けている。
何万もの民衆が、故郷を、祖国を、そして愛する人を失い涙を流す時代に突入したのだ。
帝都中心に威風堂々と存在を主張する、皇帝の居城、エイブラハム、その謁見の間に、騎士ランガスの姿があった。
「ランガス! 発言を許す」
「はっ! では、あの件の報告を……」
頭を上げたランガスは周囲を見渡し、発言を躊躇した。
「そうであったな、皆、下がれ」
「ご配慮、恐れ入ります」
ランガスはうやうやしく頭を垂れて、辺りが静かになるのを待った。
「ではランガス、続きをのべよ」
「畏まりました。それでは……」
ランガスは王国であった出来事を次々と述べていく。
あれが、あの少女が、最後まで陛下への従属を誓わなかったこと、そして王国の悪魔と契りを交わしたらしいこと、それら全て事細かく伝えていく。
「そうか、あれが得られなかったのは残念だが、私の道に支障はないだろう」
「はっ、王国の悪魔も、陛下の仰った通り、大した力はなく、邪魔にはならないかと……」
「不満そうだな、ランガス?」
「恐れ多い発言をお許し下さい。私には、あの悪魔とあれを生かす理由が分かりません。更に申せば、神に従わぬ天使など悪魔よりたちが悪い」
「そう申すな、あれも両親を殺されて思うところがあるのだろう。親の仇に嫁入りする訳にはいくまい」
「なら、なおのこと」
「ランガスよ、この世界は始まったと同時に終わりも定められているのだよ」
「……」
「理解できぬか、なら運命と呼べば分かりやすかろう。定まった運命、どの道を、どう歩めば最良か、私には見えている」
「はっ! 疑念を抱いたような発言をお許しください。私は元より陛下に付き従うのみ」
「ランガス、気にするな、お前は自由に動き、意見を述べて良いのだ」
「そのような、私如きが」
「私はお前を信頼している。私には見えているからな、それ以上、つまらぬ事は申さなくて良い」
「はっ! お恐れ多いお言葉、痛み入ります」
「ふっ、硬い男だ。しかし、帝国の姫が、悪魔と契りを交わすとは、面白いとは思わないかい」
その薄ら笑みを浮かべた皇帝を心酔しきった様子でランガスはずっと眺めていた。
先代皇帝の娘、ククル姫、天使を授かりし美しい姫君は国民から深く愛される存在であった。
エンブラハム城の奥深くに幽閉された姫君が、もう帝国にいないことを、国民は誰も知らない。
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