第3話 殲滅された町「願い」
「隊長さん、殺さない?」
いきなりの少年の真っ当な俺の呼び名に、感激しつつ、疑念を抱いた。
コイツ、本気で、俺を揶揄ってたのか?
「心配するな。隊長は孤児を殺したりしねぇよ。それが、たとえ罠に掛けた奴でもだ。だよな、隊長」
「ああ、殺す気はないさ、当然だ」
あちらこちらからゾロゾロと帝国兵が湧き出ている。たかが十人程度の部隊、しかも今は二人にしかいないのにご苦労なことだ。
「そろそろ、それをこちらに返してもらおう。まだまだ、使い道があるからな」
帝国の将官らしき男が偉そうに踏ん反り返っている。胸に勲章らしき物をブラブラと幾つもぶら下げていた。それが運動会の万国旗みたいで滑稽に思える。
「お前、この町の子か?」
俺の質問に、少年はブンブンと首を振る。
なんてことだ! この子はずっと、帝国の豚野郎供と一緒にいたのか! そうだとすると、手足のアザや傷から拷問などの酷い扱いを受けていたと想像できた。
「おい、早くそれをこっちに返せ! それは皇帝から授かった大事な道具だから、巻き添えで死んでは困る!」
「うるせぇ、ハゲ!」
俺は怒鳴りながら両手で守るようにして少年を包んだ。
「確認するが、この子は、お前らの物なのか?」
「そうだ、帝国の大切な財産だ」
少年の震えが腕から伝わる。戻りたくないという意思表示。
だから、俺は手放したりしない!
「おい、トルン、この子は、帝国の大切な財産らしいぞ」
「それは、困りましたな隊長、【大盗賊】の性が騒ぎ始めますよ」
トルンは、ニカッと笑う。天職【大盗賊】は、盗む獲物が高価なほど身体が強化される。この子を守りながら安全に運ぶには適職だ。
「ふん、バカどもが、この人数差で逃れられると思うのか?」
帝国の将官が手で合図をすると、取り囲むようにして敵が動きだす。見えているだけで、二、三十人、気配でたどれば、百は超えている。
確かに分が悪い。
「隊長どうします?」
言葉とは裏腹に、トルンに焦りは無く、少し楽しそうだ。
【大盗賊】の、このゴリラなら、少年を抱え逃げるのも容易なのだろう。
戦場で何度も見たが、素早く動く巨体は圧巻だ。
それでも、万一があるかもしれない。それに、俺の心が騒つき、あいつらは報いを受けるべきだと、ドロドロした感情が奥底から這い出でた。
「おい、坊主、名前を教えろ」
俺の腕に包まれたまま、少年は上目使いで俺を覗き見た。
「ククル、ククルです」
「そうか、坊主、お前は愛されてたんだな」
少年の名前を聞き、素直にそう思い、頭をくしゃっと撫でてやった。女の子みたいな名前だが、この世界で、最も信仰されているククルース神、その名の一部を借りた両親は、さぞ、この子の幸せを願ったに違いない。坊主の目には涙が溜まっていた。
「俺の名前は……」
と
少し驚いた表情を見せる子に、
「俺の名を覚えたか?」
と聞いた。「うん」とコクリとうなづいた。曇りなき瞳が日の光を反射して美しい。
感情のまま言葉を紡ぐ。
「我の名と自らの願いを思い浮かべ、わが真名を魂に刻め! さすれば、その契り、決して我は破らず」
【天職】が契約したと告げてきた。
感慨にふける間も無く、ゴリラが騒ぎ出す。
「隊長、いちゃついてる場合じゃねぇよ!」
「いちゃ、いちゃついてなんかない! バカヤロー! だいたい、こいつは男だ!」
「あの、わたし……」
少年が口を開こうとしたので、人差し指で唇を押さえた。
「あのゴリラは無視だ! 俺の名と願いを思い浮かべろ。それで契りが結ばれる。それだけだ、簡単だろ」
その言葉で、少年は目を瞑る、少し耳が赤く見えるのは興奮したせいだろう。
「隊長、急がないと、さすがにヤバイですぜ」
トルンの声が耳障りだ。
淡い光が俺たちを包み込む。魂が絡まり結ばれていく感覚。
「隊長!」
「トルン、いいから先に行け!」
トルンが走り出す。
坊主の願いが頭蓋に響く、淡い光は周囲に弾け飛び、その勢いで、眼前まで迫っていた帝国兵が飛ばされた。
「お前、なんていう願いをしやがる」
「隊長さん、殺さないでね」
まさか、こいつ、会った時から帝国兵の心配をしたのか?!
「ああ、努力はするさ」
馬鹿な奴だ。普通ならそれ相応の報いを願うだろうに……。少年を抱きかかえた。「きゃっ」と女みたいな悲鳴。そのまま無視して振り向くと、離れた場所でトルンが両手を広げた。
「隊長!」
「受け取れ! トルン!」
少年が宙を舞い、トルンの両手に無事収まった。
「くそ! 何ていう願いをしやがる! 最悪だ!」
腰の剣をゆっくりと抜く。刃こぼれが目立つ支給品の安物だ。
「貴様! 何をした!」
先程の出来事に帝国の将官は慌てた様子。
「まだ、何もしてねえよ」
「ぐぬぬ」
地団駄を踏み、何やら部下に指図をしている。隣の立派な鎧を着た騎士が少し気にかかるが、今は俺もそれどころでは無かった。
しかし、あのガキ、「幸せにして」だとぉ!
大層な願いじゃねぇか!
くそ最悪だ!
「魔法隊、放て!」
合図とともに、炎弾が降ってきた。瓦礫や地面との衝突で土煙が上がる。詠唱が省略された白兵戦支援魔法。通常なら魔法隊の障壁無しでは大怪我は免れない。ましてや直撃すれば死ぬだろう。
しかし、俺にとっては避ける必要はない。
やがて視界が晴れ、将官の姿がハッキリと見えた。
「馬鹿な直撃で無傷だとぉ、貴様、何者だ!」
「ただの屑人だよ」
「そんことは分かっとるわ!」
残念なツッコミだ。
やれやれと剣をブルンと回す。
大気が驚き振動した。
「俺の天職は【悪魔】、ただの嫌われ者の屑人さ」
「あくま、悪魔、まさか……」
将官は冷や汗を流しながら後退りした。
天職【悪魔】を授かったが、俺は正真正銘のただの人間。普段は、ちょっと力が強くて身体が丈夫なナイスガイだ。だが、今日の俺は違う。
今回は、あの少年の魂に俺の真名が刻まれ、契りが交わされた。そのせいか、力が湧き上がってくる。
つまり、今日の俺は無敵だ。
「魔法隊は詠唱を始めろ! 残りは人外包囲陣を敷き、休む間を与えず、容赦なく切り刻め」
将官の隣にいた騎士が代りに指示を出している。マニュアル通りの綺麗な指揮だが、人外包囲陣とは【騎士】や【魔導師】といった高位の【天職】を相手にする時の陣形だ。屑人相手にするような指揮ではない。
「光栄だな、お前は一番最後に殺してやるよ」
俺は包囲陣を破るために、敵に向かって駆け出した。
「【悪魔】ならこの程度では死なんだろう」
騎士の声には余裕があった。
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