第2話 殲滅された町「人影」

 人から虐げられ忌み嫌われる天職を授かった俺たちのことを、この世界では「屑人くずびと」という。そして、当然のように屑人が就ける職業の選択肢は少なく、兵士か奴隷かの二択だ。

 それ以外なら、罪を犯し、罪人として生きる手段もあるが……、それは、与えられた天職に負けた気がするので嫌だった。


 だからこそ、常に死と隣合わせの厳しい前線に配属されると知っていても、俺にとって、兵士が唯一、真っ当な職業に違いなかった。


 十五で成人し同時に軍隊に志願してから三年、十八歳の春に帝国が本格的に王国に攻め込んで来た。

 こうして、前線に配属された俺は、十人の部隊を率いる隊長として、国境の町、ラグランに立っている。


「しかし、帝国も徹底してるな」

 町の惨状を見渡し、思わず呟いた。

 豊かな商業都市としての面影は綺麗さっぱり無くなっている。

 辺りには瓦礫の山、目を凝らせば死体もそこらかしこに転がっていた。帝国に殲滅された町は、皆殺しが通例だ。彼らは、そうする事で、王国の戦意をそぎ、戦争の早期終結を図りたいのだろう。

 だが、それは逆効果だと前世の経験から俺は知っている。時が経てば、王国は決死の反撃を試みるに違いない。


 殴られたら、より強く殴り返す。

 国というのは、個々人より、厄介な程、単純で残酷になれる。


 帝国は、戦争の大儀を王国に与えたのだ。


 それでも、今は、俺たちが配属されていた王国軍の前線は崩壊。国境の街、ラグランの陥落と同時に本隊は撤退し、俺たちは孤立していた。


「その方が、都合は良いが……」

 崩れた建物の物陰に身を潜めた。足下に散らばる生活雑貨が妙に邪魔に感じられた。

 さて、目的の人影は力なくフラフラと歩いている。

 それは兵士……というより、生き残りの少年……。


「トルンの嘘つきめ、奴のスキルも信用できねぇな」

 人影をハッキリと捉え、トルンの頭を小突くと誓った。


 奴は、この町に入る時、生きた人間は誰もいないと豪語していた。


 ついでに「隊長、俺様のスキルは、そこいらの大魔導師様の魔力感知より鋭いですぜ」といつも自慢していることも付け加えておこう。


 とにかく、少年が一人、生き残っていたようだ。

 何とも、運の悪い奴……。

 警戒を解き、潜むのをやめた。


「おじさん、殺さないで……」


 ボロボロに破れ薄汚い服装、手入れされず伸び放題の髪の毛、不幸が全身を覆う少年が、涙目で懇願する。そして、俺は十八、おじさんでは無いぞ!


 それにしても、「くそっ、最悪の気分だ」


 少年の手足に酷いアザや生傷があった。


 俺の小さな声に、少年は両手で自らの顔を隠し、身を引くようにして怯えている。

 これは、困った。別に少年を怯えさせるつもりは無いし、どうも扱いが分からない。


「坊主、心配するな。俺は王国の兵隊さんだ」

 取りあえず、身分を明かし、害意が無いことを伝えれば安心するだろう。

 不運な境遇はともかく、身体つきからいって十二、三歳ぐらいだから、よほど錯乱して無ければ理解出来るはずだ。


 少年は、自分の指の隙間から覗くようにして俺を見つめる。

 はいはい、分かりました。分かりましたっ!

「さぁ、水でも飲め、話はそれからでも良いだろう」

 俺は腰にぶら下げた水筒をはいどうぞと少年に差し出した。


 少年は水筒を俺から受け取ると一心不乱に飲んでいる。よっぽど喉が渇いていた様子。


 それにしても痩せすぎだ。

 か細い手足が憐れに思える。


 すぐに水筒の水は無くなり、物欲しそうな目で、少年はじっと俺を見つめていた。


 おいおい、しようがねぇなぁー。


「隊長、餌付けはやめた方が良いですぜ」

 背後からトルンの声。


 奴も、気配で生き残りの少年と気付いて、俺を追って来たのか?


「お前のスキルも当てにならんな」

 腰袋から保存食を取り出し、少年に与えてやった。


 少年は、恐る恐る俺から受け取り、モグモグと食べはじめた。まるで小動物のようだ。


「男ならもっとがっつけよ!」

 思わず背中をポンと叩くと、驚いた少年は咳き込んだ。


「あの、おじさん」

「邪魔して悪かったな、いいから、食え、食え」

 坊主の頬が少し膨らんだ。口の中に食い物を入れすぎたのか?


 まぁ、何にせよ、遠慮するより、いっぱい食べることは良いことだ。


 俺は丁度良い高さの瓦礫に腰を下ろし一休みすることにした。


「ああ、餌付けしちゃって、最期まで面倒見ないのに、そんなことしたら可愛そうですぜ」

「腹が減ってる奴がいたら、食い物を与える。ククルース神の教えだ。それから先は、こいつが何とかすれば良いだろう?」

「隊長は、ククルース神を信じてるんですか?」

「んな、訳あるか、バーカ」

「そうですよね……。それと……」

 トルンの視線の先に人の気配、帝国兵だ……。


「マークからの伝言です。これは罠だから、隊長が少年と接触する前に連れ戻せって」

「もっと前に気付け、バカ!」

 いや、早く言えか?

「てへ、すみません、隊長」

 くそ、ムカつく!! トルンの頭をゴンと殴った。

 てへ、だとぉ、ゴリラ顔のくせに、許せん!


「おじさん、お願いだから、殺さないで……」

 怯える少年に、

「殺さなねぇから安心しな、それと」

 安心して表情を緩めた少年の顔を見ながら、

「俺のことは、お兄さんか、隊長と呼びなさい」

 と最も重要な事を丁寧に伝えてあげた。


 ここ重要だぞ!


「さあ、俺を呼んでみろ」

 少年は少し戸惑い、再び小動物のような仕草を見せたあと首を傾げながら言った。

「おじいさん」

 ちがーーう!

 おじさんより、それ遠いからな! 遠いからな!!


 俺の反応に困ったのか、少年は言い直しをした。

「かんちょう?」

 語呂は近いけど、違うし、全く違うし!

 ワザとか? 辛かってるのか?


「浣腸」

 手を合わせ指を立て、この世界にもある浣腸のポーズをトルンがする。

 くそっ、腹を抱えて笑いはじめたトルンを蹴飛ばしてやった。

 しかし、浣腸が異世界共通とは新鮮な驚きだ。


「灰色の軍服に空白の紋章、王国の屑人部隊か……、やはり餌が悪いと良い獲物は取れんな」

 帝国軍人の声がした。

 人を見かけで判断するとは失礼な奴、俺の嫌いなタイプだな。


「おいおい、それは違うぜ。餌が良すぎて、お前らの手に負えない大物が掛かったんだ」

 俺の中の天職がムカムカとざわつきはじめた。

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