第拾玖話 空を穿つ慟哭
夢を見ていた。
夢の中で夢を見ているという自覚を得る、確か
俺は何故か地面に倒れ伏していて、身動きを取れない状況にあった。
何者かに組み伏せられているようだがそれだけではない。
体中酷く痛む。どうやら全身傷だらけの
夢の中で痛みを感じるのも、考えてみれば不可解ではあるのだが。
意識も感覚も、まるで現実であるかのようにはっきりしていた。
「なんだこれは、いったいどういう状況、ぐ」
状況が飲み込めず混乱する。
無理矢理にそこから逃れようとすると何か堅い鈍器で殴打された。
なんとか首と目を動かして周囲を見てみると、
ただ、今はもう焼失してしまった
そしてその御神木の前には巫女装束を纏った
その顔立ちはどことなくソラに似ている。
「この後に及んで邪魔立てしようとは」
「……の事は放っておいて下さい。彼には何も出来ません」
彼女は視界外にいる何者かと会話をしているようだった。
何とかして話し相手が見えないものかと身をよじり、首を動かす。
そうして今自分を押さえつけている者の顔が見えた。
その何者かは、俺のよく見知った人物だった。
「父上……?」
それは紛れもなく父上だった。
冷たい眼光に能面のように表情の変わらない顔、見間違える筈がない。
だが髪はまだ全て白髪になっておらず
御神木の事といい父上の見た目といい、過去を垣間見ているような気分だ。
「父上、これはいったいなんなんですか、何をしているのですか!」
聞こえていない。いや、声が出ていないのか。
父上は俺を一瞥するもすぐに視線を御神木へと戻した。
その時耳を劈く
視線を咆哮の聞こえた方、御神木へと向けると、御神木から何かが這い出ようとしていた。
何かを求めるように虚空を
丸太のように太い腕に続いて出てくる肩、胴、そして頭を見てそれが武者鎧を身に纏っているのだと気付く。紅蓮の炎よりなお深い紅の鎧を。
真紅の鎧武者。頭部の角飾りとその色もあって、太陽に照らされたその姿はまるで、鬼のようだった。
それは間違いなくガランだった。
ただし、初めてその姿を見た時と同じ、気の触れた猛獣の如き様相だったが。
「悪鬼め、やはり這い出てきおったか」
悪鬼。悪鬼だと。
父上は確かにガランを見てそう言った。
御神木の下に眠っているのは
「櫃木の巫女よ、御役目を果たせ。その身を封印に捧げろ」
「ええ、それが櫃木の巫女の役目ですから」
その呼び名を聞き、目の前の巫女の正体に合点がいく。
この女性はまさかソラの母親か。
だが俺はソラの母親に会った覚えはない。知っている筈がない。
それなのに何故俺はそれを夢に見ている。
いやそもそも、この夢はなんだ。
「やめろ、やめてくれ! いったいこれに何の意味がある!?」
自分の口から勝手に声が突いて出た。その声は明らかに俺のものではない。
聞き覚えのある声だった。血反吐を吐きながらその巫女へ必死に叫んでいる。
拘束から抜け出そうとするも、父上が再び打ち据えてそれを阻む。
一際大きな咆哮が轟く。見ればガランの体はもう上半身が御神木から這い出ていた。
「このままでは封印を破ってしまう。早く処置を」
慌てた様子の男の声。他にも誰かいるのか。
なんとか見えないものかを首を動かし、いつの間にか二人の少女が傍に立っている事に気付く。
片方は今の俺と同じ程、もう片方は四つか五つ程か。俺の位置からでは二人共顔は見えない。
二人の少女は暴れ狂うガランを見ながら、ただただ立ち
年長の少女がもう一人の少女の肩に置いた手は、
「始めましょう」
巫女装束の女性、櫃木の巫女がそう宣言すると同時、その巫女を中心に光が瞬いた。人口の光ではない。何らかの異能を発動させたのか。
ガランもそれを察知したのか、這い出た腕を
「封印を」「眠りを」「封印せよ」「眠らせよ」
「封印しておかなくては」「眠らせておかなくては」
「未だ解き放つ時に
「鬼よ」「人よ」「人よ」「鬼よ」
「封じよ」「眠れ」「封じよ」「眠れ」
だが俺にはそれが、まるで呪いの言葉であるかのように思えた。
眠れ眠れと、墓から這い出ようとする生者を無理矢理
巫女の体から放たれていた光が一際強くなったと思った瞬間、ガランの咆哮は遠ざかっていき、やがてぱたりと途絶えた。
光が消え去った後。
ガランの姿は
終わったのか。
そう思った矢先、巫女の胸元が
内側から引き裂かれたように、胸から血飛沫を上げながら巫女はその場に崩れ落ちた。
どう見ても絶命している。
「あ……」
声が溢れた。何処からだ、そう思った矢先。
「あ、あああ、ああ、あああああ――――――――!!!」
響き渡る
それは俺の口から出たものであり。
幼い少女が上げたものであり。
そして世界の上げたものだった。
世界が
俺を抑え込んでいた腕が緩む。その隙をついて逃れようとすると、いともあっさりと俺は拘束から解き放たれた。
見えれば父上も周りにいた数人の男女も、
その視線に釣られて見上げれば、そこには。
その視線の先には、太陽さえ飲み込んでしまうのではと思うほどの大穴が、
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。世界が叫ぶ。慟哭が響き世界が
大地が、いや世界が揺れる。震えている。
穴は見る見るうちの大きく広がっていく。
その大穴の先に見えるのは黒い、何処までも黒い終わらない闇だ。
年上の少女の腕を振りほどき、幼き少女は叫び続ける。
いつの間にか少女の髪は白く変わり果て、その頭を狂ったように
まるで少女の慟哭が、空に大穴を穿ったかのようだ。
それなのに何故誰もその少女を見ないのか。
何故誰も、その少女を止めないのか。
少女はずっと叫んでいたのに。
少女も、父上も、男達も、誰も彼もがただ空を見上げるばかり。
お母さん。
いかないで。
おいていかないで。
ずっとそう叫んでいたのに。
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