幕間弐 夜闇に潜む者共
人々が寝静まった村の中、僅かな明かりが地を駆ける。
その明かりの先、暗がりの中を逃げる者の姿があった。
逃走者の姿は鎧武者を思わせ、頭には一本の角があった。
常人には到底発揮し得ない脚力でもって道を、時には木々を蹴り逃走している。
逃走者は振り返り追手の姿を確認する。
追手の数はそう多くない。
警戒すべきはその先頭を走る異能使いらしき少女くらいなものだ。
あれは空腹に苛まれるこの身で相手をするには荷が勝ちすぎる。
少女の後続の者達は既に体力の限界が見え、距離を離しつつある。
いずれあの少女だけが孤立するだろう。そうなれば不意を突いて反撃に転じ、あのか細い喉笛を――。
喉を潤す血の味を想像し笑みが溢れる。
先程食った男は不味かった。やはり喰うのなら若い方がいい。
そうだ、喰い足りない。五百年に及ぶ飢えは心を狂わせるほどだった。
そうならなかったのは単に逃走者の胸に忠義があったからだ。
その忠義を果たす為、今は死ぬわけにはいかなかった。
再び背後を見やれば、追っ手はもう少女しか見えなくなっていた。
好機だ。ここで仕掛ける。
草木を払い除け、飛び出したその場所。
広がる光景に逃走者の思考は停止した。
いつの間にか周りに人家も木々も無い、開けた場所へと辿り着いていた。
身を隠せるような場所のない、広場にだ。
何故こんな場所に出た。入り組んだ森の中へ身を隠し闇討ちする筈が、何故。
そしてその広場は無人ではなかった。
年若い青年が一人で立っていた。武器も何も持たず、星空を眺めながら紫煙を吹かしている。
この姿が見えていながら、怯えもせずに。
見れば青年の足元には無数の吸殻。
此処でずっと待っていたのだ。逃走者が来る事を知っていて。
「よう、此処までお疲れさん」
知り合いにでも話しかけるような口ぶりで青年が笑いかける。
理由などどうでも良い。殺す。喰い殺す。
目の前のこいつを喰って、追っ手を殺して喰って、そして村に降りて村人を喰って――。
青年へと飛びかかる。逃げる様子もない。殺せる。
その瞬間、逃走者の手首が飛んだ。
続いて両足首、左肩。無数の斬撃に体を切り刻まれる。
何故。血飛沫を上げ宙を舞う己の四肢に驚愕する。
背後の追手はまだ追いついておらず、目の前の青年は武器を持ってすらいない。
ならばこれは如何なる手段によるものなのか。
たちまちのうちに達磨にされ、地面を転がる。視界は宙を彷徨い、天地がどちらかさえ分からない。
「馬鹿ね、自分の意思でここへ逃げて来たと思ってたんだろうけど。操られてるって知らずに」
追いついてきたのだろう、追手の少女の声が聞こえる。
どういう事だ、何が起きているのか。
逃走者が少女の言葉を理解する事はなかった。
それより先に、逃走者の眉間に刃が突き立てられたからだ。
その目から光が消え、静寂が戻った。
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