第拾漆話 結女の太刀
「あれこそがこの
結女。
ソラが村人達に、そして御八家の者に公式の場で呼ばれる時の名。
それと同じ名を
いや、純士は大太刀と言っていたが、これをその枠に収めて良いものなのか。
異様に大きいのだ。
ただ長大というだけではない。その刀身も拵えも、そもそも
まるで人間よりも
それにこの大太刀、見覚えがある。
ガランに初めて会い、触れた際に
この大太刀で貫かれた巫女と、巫女を刺して
あれはただの幻覚ではなかったのか。
近づいていくにつれ、言いようのない奇妙な感覚に
あと僅かで大太刀に手が届く。
その直前に、純士の制止が入った。
「抜けませんよ。鬼退治の後
なるほど、それでこんな穴が出来上がっているのか。
いや待て。
そうなるとこの大太刀はいったい何年、いや何十年何百年
抜き身で、しかも地面に直接刺しているとなると
だが見た限りでは刀身には
まるで時間を止められでもしているようだった。
いや、案外とそういう事なのかもしれない。
御八家のいずれかか、もしくは他所の者の手によるものか。何らかの異能によって
「かつてこの村を襲った鬼達を
御剣の血筋の者が。
それは初耳だ。父上からは鬼を斬ったとは聞いていたが、そんな話は一度も耳にした事がない。
「それなら何故御剣の太刀ではなく、結女の太刀なんですか。今聞いた話だと
「そこは私も詳しくは。
幻覚の中で見た物品が今目の前にある。
もしあの時見た光景が幻覚ではないのだとしたら。
どういう理屈かは分からないが、実際に起きた出来事を見ていたのだとしたら、あの二人の巫女は何なのか。
「純士さん、結女の巫女というのは二人いたのか」
「二人? いえ、結女の巫女は一人であったと聞いていますが」
「では、八人の中で……殺し合いがあったという事は」
「まさか、そんな話は聞いた事がありませんよ。そもそも、それなら御八家は血筋が途絶えて数を減らしていますよ」
とぼけている様子はない。本当に知らないのか。いや、あの幻覚が事実であるとも限らないのだが。
語られる伝承と幻覚との間にある齟齬はなんだ。そもそもあの幻覚を見たのはどういう事なのか。
「では次は私の疑問に答えて頂けますか、クオン君。それとも、ここは
かつての名を出され思わず顔が強張る。
穴の底から見上げてみれば、純士は背後の襖を閉め切り、今まで見せた事のない真剣な顔つきで俺を見下ろしていた。
「君は何故、この村に来たのでしょうか」
「何故ってそれは……」
「君が今になって村へとやってきたはどうしてなのか、それが気がかりなんですよ。貴方は本家から遣わされた者ではないのですか。何かを察知して見張る為に」
「見張る? それは誰を、いや何をですか」
「
「それは、どういう事だ。なんの話をしている」
純士も御館様の一派の一員なのか。
こちらの出方を
純士は何かを知っているのか、この村で起きようとしている何事かについて。
「君がこの村へと来たあの日の事です。私は御館様の家へと呼ばれた折、貴方がこの村へと来るという話をしたのですが……御館様はそんな話は知らないと言っていました。それに今日も、
あの女、帰り際に姿を見たかと思えばそんな事を吹き込んでいたのか。
「それは誤解だ、俺はもう本家とは関係ない。
「まさか、私は御八家とは関わり合いはありませんよ。奴等とは違う」
彼がそんな吐き捨てるような物言いをするとは思いもしなかった。
その言葉には侮蔑が混じっていたように思える。
「私はね、御八家の血筋ではないのです。完全な余所者、ただの人間なんです。御八家の名を名乗ってはいますが、私に御八家の権威はありません。村の者も私を御八家とは思っていませんよ」
確証はなかったが、やはりか。
純士が御八家の血に連なる者ではない事は薄々気づいていた。
ガランが視認出来なかったという点と、異能使いを弾く結界に触れてなんともない点。
そこから異能を持たない普通の人間であるという事、つまり御八家の一員ではないのだと。
御八家の人間は全員が生まれついての異能使いなのだから。
「君なら気づいているのではないですか、この村の者は余所者に対して随分と排他的である事を。クオン君は空と一緒にいたようですから何もなかったかもしれませんが、私は未だに口を聞いてもらえないどころか物も売ってはくれませんよ。ひどい時は石を投げられる。
「それは……」
さずがに言葉を失う。
確かに余所者を嫌う様子はあった。だが、まさかそこまでとは予想していなかった。
「ですから私は本家とも御館様とも関係ありません。彼らが何を考えているのかなんて知りませんし知りたくもありません。私はただ、
「なら俺と貴方は同じだ。本家や御館様の思惑などどうでもいい。俺はソラの為にこの村へ来た。信じて欲しい。俺は俺の全てをソラの為に費やすつもりだ」
純士に告げた言葉は紛れもない真実だ。
俺は俺に残された全てを、その為に使うと決めてきたのだから。
「……そうですか。それなら、君を信じます。空のこと、大事にしてやって下さい」
もう出て行ってもいいと言うように襖を開ける純士。
どうやら今の回答で満足してもらえたようだ。
「勿論です。ソラは俺が守る」
そう告げて奥の間から出て行く。
去り際に見えた純士の顔は、何故かひどく悲しそうだった。
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