第7話 間違いなく地雷案件
「……」
「……」
瘴気に満たされた部屋の中、メリルは件の鎧と見つめ合っていた。
といっても兜は頭部分をしっかり覆い隠しており、目の部分も
けれど、その顔はメリルに向けられており、メリルも相手を見上げる形なので、恐らく間違ってはいない。
キィ……ッ
金属の軋むような音。これは恐らく、息を吸う音だ。
「ボウ……きゃク……の……の、マジョ」
続いて紡がれた言葉にメリルは額を押さえた。
「その名前、誰から聞いたの?」
キィ……ッ
再び息を吸う音。
「リュウ」
「リュウ……、
「……チガウ」
メリルは眉根を寄せ、じっと考え込む。
(竜ではないリュウ……それって)
「ひょっとして、
小さな軋みと共に鎧は頷いて見せた。
この世界には二種類のリュウがいる。即ち
翼の生えたトカゲか蛇かの違いはあれど、どちらもリュウと呼ばれる。生息域がはっきりと分かれている為、その地に住まうものは片方をリュウ、もう片方をドラゴン、又はナーガと呼ぶ。
オルランド周辺で良く見かけるリュウは
この近辺に
本人に聞いた方が早いだろう。しかし、疑問はそれだけではない。
「色々疑問は尽きないけど、どうして魔女なのかしら? 普通は神職関係の人間ではないの?」
「……」
そして再び言葉を紡ぐ。
「ボウ……きゃク……ノ、まジョ」
メリルの目が据わった。彼が述べたのは理由ではない。しかしながら、忘却の魔女でなければならない理由があるらしいという事は理解した。
「ノロイ……」
軋んだ声が更に言葉を紡ぐ。
「呪い?」
メリルは何となく彷徨う
つまり、彼はただのアンデッドではないという事だ。
死者の中にはアンデッドとして蘇る者がいる。その法則や条件は定かではないが、この世に残した未練が負に転じた時にそうなると言われている。
呪いによって
しかし、この目の前の鎧の言う呪いというものは魔女の、それも既に忘れ去られた古き魔女の知恵に縋るような厄介なものという事だ。
メリルは目の前の彷徨う鎧を見る。
身の丈はメリルの倍近くあり、全身を覆う鎧は武骨で重厚、光さえ吸い込むような漆黒は瘴気の影響だろう。
太陽は既に高く昇っているにも拘わらず、鎧の隙間から常に溢れ出る瘴気が減じる様子はない。
耐性を持たないただの人間であれば側にいるだけで心身に異常を来たす。
(神官や僧侶でも難しいかもしれない)
メリルは
ただ一つわかるのは自分がこの上ない厄介事に巻き込まれた事だけだった。
☆
「とりあえず、あなたの言う呪いとやらがどんなものかを確認したい。ついてきて」
メリルは立ち上がると
「どうしたの?」
微動だにする気配のない事に気が付き、未だ家の中で立ち尽くす鎧へと声をかける。
「ボウ……きゃク……ノ、まジョ」
「……うん?」
相手の言わんとすることが分からず、目で問い返す。
「マ……ジョ……ドコ?」
「え? 私、ここにいるけど?」
「……………………」
彷徨う鎧からの返事はなかった。
メリルは首を傾げた。
人は夜目が利かないように、闇の眷属も光の中では視界がにぶるのだろうか?
そんな疑問が浮かぶが、すぐにその考えを打ち消した。家の中にも陽光はさしていた。それに対してメリルを見失うような事はなかった筈だ。
現に、件の鎧からは強い視線を感じる。
キィ………………。
「………………」
息を吸って、何かを言おうとして、言葉が見つからない、そんな感じだった。
「ボウ……きゃク……ノ………………マジョ?」
疑問の言葉と共にメリルに向けて指をさす。
そこでメリルはやっと相手の言いたい事を理解した。
「うん。私が忘却の魔女」
「………………え?」
戸惑いと共に吐き出されたたった一言は随分と人間臭くメリルの耳に届いた。
それが何やら可笑しくて、思わず笑いが漏れた。
「わかったらついてきて。解決できるかわからないけど、糸口くらいは見つかるかもよ」
メリルは笑いを収めると歩き出した。鈍重とも言える足音を耳にしながら。
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