第8話 間違いなく地雷案件2

「うっそだぁ……」

「……」


メリルの口から思わずうめくような声が漏れた。

その正面には微動だにしない彷徨う鎧ワンダリングアーマー

両者の間に何とも言えない空気が流れた。





メリルは外出用の鞄を肩にかけ、ワンダリングアーマーを引き連れて森の奥地へと向かった。

と言っても規模の知れた森である。


でかい図体の歩く鎧を連れているので道を選ぶ手間をかけても小一時間程度で目的地には辿り着いた。道中、森の木々が尋常でないレベルで悲鳴を上げていたが、メリルにはどうする事もできなかった。


正確にはその場でできる事はやったが全てが徒労だった。


メリルの技量を以てしても、この彷徨う鎧ワンダリングアーマーはその場しのぎでどうにかなるレベルではなかったのだ。


そう確信したのは目的地に着いた時だった。


そこは清浄な力の満ちた場所だった。

その中心には小さな泉があり、そこから湧き水と一緒に清浄な力が溢れている。


泉は森の中核。


邪を払う力は教会の管理する聖域には劣るものの、この地一帯の中ではピカイチだ。


しかし、そんな場所に辿り着いたにも関わらず、メリルの口元は引きつっている。

吸血鬼すら容易く灼いて灰に変えるその力が今、拮抗している。


この不死者アンデッドは一体どれだけの怨嗟を溜め込んでいるというのか。


メリルとて、魔女である。本腰をいれればこの不死者から漏れ出す瘴気を最低限に抑える術はある。しかし、それには複雑な手順と儀式、月の満ち欠けも関わってくる。

幸い、3日も経てば条件は揃う。その間に準備を整える事も可能だ。

しかし、そんな事をちんたらしている時間がないのである。


都市側もこの彷徨う鎧のヤバさを実感した頃だろう。

なんせ、彼の踏みしめた大地は枯れ果て、生命力を失い、瘴気を立ち上らせている。

この森だからこそ、瘴気が徐々に弱まり、尋常でない速さでリカバリーされているが、「外」では今なお瘴気を発している筈だ。


魔物と呼ばれるのは単純にいくつかにランク分けされているが、それはあくまでも人間が剣や魔法で単体、または集団で対処するための目安である。


それとは別に大規模な討伐が必要とされる存在がいる。


それらは災害級と呼ばれる。


災害級とは読んで字の如く、存在そのものが災害となり得るものだ。

到来するだけで広範囲に被害を齎し、やもすれば国も滅びかねないレベルのものだ。


そして、大人しく彼女に付き従う


(まさか、準災害級とは……)


メリルは虚空に視線を彷徨わせ、小さく溜息をついた。


準災害級は災害級ほどではないにしても、今回のように複数の村や町の住人が避難を必要とするレベル。今頃は大慌てで避難勧告をあちこちに発している事だろう。


村の中を突っ切って来たにしろ、その名の通り、彷徨ったにしろ、この村は早々に廃村になるだろう。家畜も畑も使い物にならない。


そんな村の様相を都市の監視役が目の当たりにすれば警戒レベルなんて爆上がりだ。

国も動くが当然、教会も動く。


そんなわけでちんたらしていたら厄介事が更に厄介な事になるのだ。

聖騎士だけでも厄介なのに、異端審問官が来た日には目もあてられない。


彷徨う鎧ワンダリングアーマーを見捨てるなんて選択肢はメリルにはない。

救いを、助けを求めて訪ねてきた者をメリルは拒まない。

例えそれが、準災害級の不死者アンデッドだったとしてもだ。


「そこから動かないで」


鎧が軋んだ音を立てながら頷くのを確認したメリルは丈夫そうな枯れ枝を拾い、鎧を中心に円を描く。

そこに模様を書き込み終えると小さく呪文を呟く。


『清き乙女、闇灼く光……』


円がぼんやりと輝き出すが、そこでメリルはふいに口を噤んだ。その顔には不満がありありと浮かび、眉間に皺が寄っている。


鎧の足元に描かれた円の光が黒く染まっていく。

この場所であれば、と思ったが、どうやらそう上手くはいってくれないらしい。


「瘴気を抑える結界もダメ、浄化も焼け石に水……。どうしろっていうのよ」


メリルはがっくりと肩を落とした。


キィ……


何か言わんとしている事に気づき、メリルは彷徨う鎧を見上げた。


下ろされていた腕を緩慢な動作で上げ、ひとつを指さす。


「……そレ」


「え?」


指さす先にあるものを持ちあげ、彷徨う鎧の前に掲げる。


「これ?」


彷徨う鎧はゆっくり頷いた。


「ソコ……ナニ……?」


「そこ……、其処?」


メリルは首を傾げた。

メリルが掲げて見せたのは、彼女の鞄である。

ひょっとして、場所の事を指しているのかと思い、辺りを見渡すが、特に変わった様子はない。

もう一度彷徨う鎧の指す先を見れば、やはりメリルの鞄があるだけだ。

試しにゆっくり上下左右に移動させてみれば、その指は緩慢な動作で鞄を追う。


「そこ……、底?」


黒い、大きな鎧は軋みを立てて再び頷いた。

メリルは首を傾げながらを鞄を開け、覗き込みながら手を突っ込んでみた。


カサリ、と馴れない紙の感触が指先にあたる。

それ程かさばるものではない。

メリルはそれを鞄から取り出し、声を上げた。


「あっ!」


それはカルロッテからもらった護符だった。

強い視線を感じ、見上げれば彷徨う鎧がその護符を凝視しているのがわかる。


「ソ……、レ」


関節を軋ませながら、彷徨う鎧ワンダリングアーマーが手のひらを差し出す。

訝しみながらもメリルはその護符を瘴気発する手のひらに載せた。


瞬間、


バシュッ


「!」


軽い音を立てて護符が蒸発した。

それだけではない。彷徨う鎧ワンダリングアーマーの全身を覆う禍々しい瘴気がその手のひらに全て吸い込まれたのだ。


「……」

「……」


しばし、言葉を失ったのち、


「うっそだぁ……」

「……」


冒頭のセリフに戻る。


















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